里山エッセイ
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夏野菜の思い出。
今日で8月も終わり。そんなことをしみじみと思いながら。

明日からは9月だ・・・・・と、しみじみ思いながら。

吉野川で秋のにおい
こんばんは fumicaです。
電信柱がグンっと高くみえました。
久しぶりの雨に・・・。
今日は久しぶりの雨が降りました。
衣装持ちの豆福は、レインコートに雨傘さして遊んでおります。

朝顔は早朝に。
朝7時が来ると暑くなるし、8時を過ぎると朝顔の見ごろは過ぎる。なので5時半に起きて、夏でも涼しい朝を感じる。


豆福、参上!

里山を逍遥する小さき者・・・はじめまして、豆福です。
吉野川も暑い
こんばんは fumicaです。
吉野川の河川敷、かしこいカラスも口をあけています。アップでなくて残念!
吉野川の夏草刈り
こんにちは fumicaです。
堤防の草刈りがはじまって数日後。気まぐれの刈り残しの青い草と干草ブロックです。
幻の浄土
紀州、那智山から見渡す熊野灘は、押し寄せる波の白さが際立つ。夏の空はあくまで青く、ここに立つと、私たちの住む地球は森と海からできているのだ、と実感することができる。
那智の滝から青岸渡寺、熊野那智大社へと続く奥行きのある風景を眺めながら、那智山を登るとやがて展望所に出る。
これから西は、世界遺産に指定された高野・熊野の深い巡礼の森が連なっている。そして東側は、本州最南端の潮岬から新宮、熊野まで続く海岸線の向こうに太平洋が広がる大風景である。
ここから見える紀州の海の向こうには極楽浄土があるとの伝説があったそうだ。その幻の浄土、補陀洛山(ふだらくさん)にひとり船に乗って旅立つのが補陀洛渡海である。なるほどと思わせる何かがこの海の風景にはある。おそらく後に控える巡礼の森が背中を押すのであろうか。
那智の浜の近くに補陀洛山寺がある。そこに渡海船の再現されたものが展示されている。屋形船を少し小さくしたもので、人ひとりが横になれるほどの小屋が船の上に乗っている。
渡海僧は、30日分の油と食料をたずさえて、外に出られないようにくぎ付けされた船の中で、一灯をともし、日夜法華経を唱えながら、南海の彼方へ船出していったという。
「熊野年代記」などには、貞観10年(868年)の慶龍上人から始まり、江戸中期まで、19回の補陀洛渡海が行われたと記録されている。
しかし、必ずしも悟りをひらいた僧ばかりではなく、近世になると、金光坊という人が途中で逃げ出し、島に上がったところを見つかってしまい、無理やりに入水させられたという話も残っている。このころから補陀洛渡海は伝説となり、実際に行われることはなくなったそうである。
さて、その小さな渡海船を見ながら、私はわずかの食料と片道だけの燃料で出航していった、人間魚雷回天のことを思い出していた。これは現代、ほんの60数年前に行われたことであった。
はたして補陀洛渡海と何かつながりはあったのであろうか。身動きできない操縦席に入り出撃していった彼らに”幻の浄土”は見えていたのだろうか。
目の前の夏の海は底抜けに明るい。
建築家 野口政司 (徳島新聞夕刊8月17日付け)http://www.topics.or.jp
吉野川から宇宙への入り口
雲のあいまからぽっかりのぞく空の青。吸い込まれそう。
里山の風景をつくる会の理事会
こんばんは fumicaです。
自家菜園で摘み取ったブルーベリー、ホームメイドのあんずジャム。イタリアのお土産のチョコレートにドライイチゴ、小麦粉に?を混ぜて焼いたナン風パン。理事会前のテーブルにずらりと並びました。
夏の読書
コロボックルです。
数年間ずっと、暑い夏には思い切りたくさん、それも長編を読むことにしていて、今年は何にしようかと考えるのが楽しみでした。書棚にあっても、まだ読めていない本がけっこうあり、その中で大仏次郎の「天皇の世紀」を今年こそ・・・と思ったのに、手がつけられません。戦後の60年を生きた私としては、今の時代を考えるためにも、この本はぜひ読むべきだと思っています。
人生計画どうりにはいかぬもの、ここ1、2年は特にその傾向が強いようです。いいことばかりが起こるのではない、でも、「禍福はあざなえる縄のごとし」と言いますよね。また、「冬来たりなば春遠からじ」とも。年とともにだんだん感覚が鋭くなくなったのか、よくまあそんなに楽天的でいられるねぇと言われますが、窮した時ほど自分を解き放つことが大事、こうした処世訓を私はたくさんの本の中から体得してきました。新しい本を探すときのワクワクした気持ち、きっと皆さんもお持ちのことと思います。これも読書からの私たちへの贈り物です。
今年は長編はさて置いて、秋の里山セミナ-を楽しみにして、陣内秀信さんの本をまず読むことにしようと考えているところです。イタリアはスロ-フ-ド先駆けの国、いつか訪れる日もあろかと夢見つつ。
しあわせ通りのカナリヤ
東京では空前のマンションブームだという。それもトーキョータワーズ(地上58階、2799戸)に代表される巨大超高層マンションが中心だそうだ。
負けじと大阪、神奈川でも日本最高層を競うマンションが建設されている。それらの中のあるプロジェクトのキャッチフレーズは ”日本を変える 世界が見える”。 思わず笑ってしまった。
世界を見渡してみると、共同住宅の先達であるイギリスでは、1970年代から基本的に高層住宅の建設を中止している。その背景を幻想的な絵と夢のあるストーリーで描いたのがチャールズ・キーピング作の絵本 「しあわせ通りのカナリヤ」 だ。
ロンドンの下町、しあわせ通りの古びたテラスハウスに住む子ども、チャーリーとシャーロッテは大の仲よしです。
再開発でシャーロッテの家が壊され、彼女は高層公営住宅の最上階に引っ越します。取り残されたチャーリーは、シャーロッテがどの住戸に移ったのか分かりません。見上げても同じ形の建物に単調な窓が続くばかりです。
二人でよく行った小鳥屋で金色のカナリヤを買ってきて育てますが、チャーリーは寂しくてなりません。カナリヤは歌がうたえても、いっしょに話したり遊んだりすることができないのです。
ある時いたずら猫に驚いたカナリヤが逃げてしまいます。チャーリーはカナリヤが高層住宅の方へ飛んでいくのを追いかけます。そしてカナリヤがとまったバルコニーの手すりの向こうには、何とシャーロッテが・・・。
この絵本が出されたのは1967年で、この年の絵本のグランプリ (ケイト・グリーナウェイ賞) を受賞している。
このころのイギリスは再開発により15階以上の高層住宅が盛んに建てられていた。これに対して住み手や社会学者、医学者が痛烈に非難を浴びせかけている。子どもの遊びや健康をうばい、老人の孤独、青少年の環境破壊行為を助長する巨大集合住宅は怪物 (マスハウジング・モンスターズ) であると。
この絵本が出た翌年、ロンドンの高層公営住宅の22階でガス爆発による死亡事故が起こり、ついに大ロンドン議会は高層住宅抑止宣言を出すことになる。これ以後、ロンドンの公営住宅は、接地型の中低層住宅が主流となっていくのである。
50階、高さ150メートルも飛べるカナリヤはいないだろう。日本ではチャーリーは一生シャーロッテを探し続けることになるのであろうか。
建築家 野口政司(徳島新聞 夕刊8月2日)
吉野川の夕日
こんばんは fumicaです。
夕方のラッシュアワー、西に向かって車を走らすドライバーのみなさんはまぶしい夕日につつまれる。吉野川の夕日は別格。
吉野川の竹林と電信柱
こんばんは fumicaです。
水田の力強さにしばしうっとり。うしろに見えるのは、吉野川に残る水害防備林の竹林。