里山エッセイ
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豆福にひかれて、植物観察。
改めて、観察に行きました。
ところが!なんと花が咲いてました。
この花は・・・この花は・・・・・。

一応,全景もわかるように撮ってみました。

さて、その真相はいかに?!
なんだろぅ?
実のつく草を発見しました。

吉野川のファブリック
fumicaです。
美しい縞模様の連続です。
吉野川でついに発見!
FUMICAです。
干草の行方がわかりました。やはり、牛のえさだそうです。干草の上のおばさんは上手に下りてきました。
人生いろいろ、咲き方いろいろ。
小道を行くと・・・・。

石垣の間から・・・・・。

勢いよく、伸びて・・・。

さらに観察する。
曼珠沙華をよくよく観察してみました。

観察をやめて帰ろうとしたところ、蝶がやってきました。

お彼岸なので。
まぎれこんで、大行進しています。

吉野川でみたとばり
fumicaです。
秋の日はつるべ落とし。
なすびは育つよ、いつまでも。
すごくなすびが好きというわけではないのですが、
なすびがどんどん育つので・・・・。

吉野川は第十堰
fumicaです。
久しぶりの第十堰。流木がいっぱいで痛々しい感じ。
水量はたっぷりでした。
檸檬。
去年の剪定がよかったのか、今年のレモンは鈴なりです。

吉野川は土のにおいがいっぱい
fumicaです。
植え付けまえのやわらかい葉っぱ満載ケートラ。お尋ねするとブロッコリーだそうです。
小道で散歩。
今日は遠くまで散歩にお出かけのようです。

柿の葉っぱが落ちてました。
きれいな色だったので、豆福がひろいました。
たしかに柿の葉っぱはきれいです。

写真家とふんころがし
<今森光彦 『世界昆虫記』 福音館書店 5,000円より>
写真集 『里山物語』 などで知られる写真家、今森光彦さんの講演とスライドの会に参加することができた。熱帯雨林から砂漠まで世界中を飛び回り、さまざまな昆虫を撮影した 『今森光彦・世界昆虫記』 の中から、特にお気に入りの写真をスライドで見せてもらった。
まず最初はスカラベ(ふんころがし)から。アフリカに8年間通い続けたというスカラベの写真には圧倒される。自分の体の数倍、ソフトボール大のフンボールをつくり、メスを待つオス。メスが気に入って飛んでくると、そのメスをのせたまま、今やウエディングボールとなった球をこん身の力で転がす。頭を大地に突っ込み、逆立ちして後ろ足でフンをける。何十メートルもの距離を運ぶ間、メスはフンの上でそれこそフンぞり返っているだけ。オスがかわいそう。身につまされる。
しかし、古代エジプトではスカラベは神様だ。太陽を信仰していたエジプト人には、丸いフンボールをころがすスカラベが、太陽を運ぶ神様に見えたという。そして、一度大地にもぐり、ふたたび現れるときは新しい成虫に生まれ変わっている。スカラベに永遠の命を見ていたのだ。
そのスカラベの姿をとらえる今森さんの視線はとても温かい。ガンバレ、ガンバレと。
それは、他の昆虫たち、たとえば17年に一度だけ地上に出てくる17年ゼミや、キノコを栽培するハキリアリ、メスに贈り物をするガガンボモドキたちにも同じようにエールを送りつづける。
そして世界最大の花、ラフレシアの開花では、昆虫をとりまく世界の奥の深さ、豊かさを私たちに教えてくれる。
今森さんは、『世界昆虫記』の後 『里山物語』 『湖辺MIZUBE』 『藍い宇宙』など、土地のにおいが美しくひろがる写真集を発表する。生まれ育った琵琶湖周辺の自然環境と人の生活とのかかわりを ”里山” というキーワードで描き出していく。
写真家、今森光彦の誕生である。
無名でお金もなかったころ、ただ無心にスカラベを追い、カメラを向ける。そのレンズには懸命にフンをころがすスカラベに重なり、今森さん自身の姿が映っていたであろうか。あるいは、それはエジプト人の信じた永遠の命、神の姿であっただろうか。
建築家 野口政司 (徳島新聞夕刊 9月16日付より)www.topics.or.jphttp://
吉野川のエアーズ・ロック
fumicaです。
堤防を散歩したら、草のエアーズ・ロックが出現!秋の陽のおかげで、長い影のおまけつき。
豆福、お手伝いをする。
なすびを収穫しました。豆福をおどかしてやろうと蝉の抜け殻を
置いてみました。


頭の抜け殻を取り除いてあげると・・・・・・。

げんきんな豆福なのでした。
吉野川でこんにちは
fumicaです。
散歩の途中でバッタリ。でくわしました。
豆福の椅子。
豆福に椅子を作ってあげました。


屋根の上からこんにちは。
曇りの日は窓の外を眺めよう・・・。

昨日の里山セミナーに参加しました
fumicaです。
第6回里山セミナー「イタリア小さなまちの底力」に参加してきました。
まずは、6月にイタリアに旅行されたMさんの報告。240枚もの美しい写真に、訪れたこそ分かる最新情報つき。
ナポリの治安の悪さについては?。旅行者には、まだまだイメージが悪そう。
本文では、歩行者空間が実現し、かつてのように人々がどどっと繰り出すようになったとあるが・・・。車が進入しないと、犯罪も減る。治安が良くなると人々がショッピングを楽しむから、町ははなやかさを取り戻すと。
やはり訪れてみるしかないかなぁ~。
また、作者である陣内秀信氏は非機能的都市をすすめているのであるが、これが、実によくわかった。ヴェネツィアのゴンドラの荷物運搬しかり、カプリ島の青の洞窟観光もまたしかり。
つづいて建築家Nさんのスライド上映。
想像が難しい、たとえば、建築(大聖堂や鐘楼、回廊にお城など)や広場などの空間の財産に、誇りをもって受け継ぎ活用している様など、なるほどと思いました。中でもイタリアの建築家はリノベーションに力を注ぐというあたり、日本でもリフォームではなくてリノベーションという概念が定着すれば、美しい里山の風景の復活も近い?のかも。
会場にはイタリアに関する本もたくさん並べられ、イタリアの ”大きすぎない規模のサロンになる町” を理解するには十分の演出となりました。
また、
「イタリアにおける家族とは日曜祭日に一緒に食事をする人たちの範囲をさす」
とは、人類学者の宇田川妙子さんの定義だが、Tさんもイタリアの方にお招きにあずかった際のことを話してくれ、お家の中はきれいに掃除がゆきとどき、整理整頓されているそうだ。
やっぱりなぁ~。そうよねぇ。
じゃないと、上記の定義は成り立たないものねぇ。と、納得いたしました。
最後に「底力」とはナンでしょうと、問われました。
「イタリアの小さな地方都市がどうやって食べていけるのか?解き明かせば立派な博士論文だ」
という地中海学会の会長、桐敷真次郎の一文がありましたが、まさにソコでしょう。
日本のように派手な刺激や消費もないかわりに、落ち着いた厚みのある日常生活の中で、人々は充実した人生を送っている。
日本は合理性と機能性を追求した結果、空間をとことん近代化し、都市には闇がなくなり、どこにいっても均一化され、騒然とした都市になってしまった。本当に感動できる心から解放感を味わえる場所がない。
イタリアは、その土地の人間性、歴史や文化の蓄積にこだわり、人間の感性にぴったりあった質の高い生活環境をつくり、それが定着している。
平たくいえば、お年寄りに優しく、子どももノビノビ、よっぱらいにもgood!このあり方なんでしょうね。
かしこい住まい手になりたい私から、とっておきの一文を。
本来、住宅は自由な人生設計の場である。
どこへ、どのように住むかは、その人の人生哲学や美意識と結びつく。
その選択の幅が広いほど、多彩でダイナミックな社会といえるのではなかろうか。
陣内秀信 著 「イタリア 小さなまちの底力」 お薦めします。
30年後の吉野川~河川整備計画にむけた意見書
吉野川の河川整備計画の素案が国土交通省より出されています。20~30年後の吉野川をどうするのか、を決めるとても大切な計画です。その内容と計画づくりにおける住民の参加の仕方について、里山の風景をつくる会の意見を反映してもらうため、9月7日、国交省徳島工事事務所に意見書を提出しました。
その内容をお知らせします。
意見書
2006年9月7日
国土交通省徳島工事事務所御中
NPO法人里山の風景をつくる会
代表理事 近藤こよ美
私共NPO法人里山の風景をつくる会は、吉野川源流の森の木を使った家や家具をつくり、そのよさを伝えることで、川上の木を川下の人が使うシステムを築く取組みをしています。また家づくりを通じ、自然と人が共生した里山の風景をつくる活動を進めています。
この度の河川整備計画策定について、よりよい河川計画づくりにむけ次に2点を要望いたします。
1.川を流れる水の源は森です。しかし四国の面積の80%を占める森は台風や集中豪雨の度に山肌が崩壊し、短期間で川の流量が急激に増加するなど森の保水力の低下が顕著に現れています。その大きな原因としては、木が使われなくなったことによる森の荒廃が挙げられます。木を使い、間伐等人の手が入ることで人工林は豊かな森となり、緑のダムの機能を果たし、川の治水や環境に大きく貢献します。安価な外国木材に押され国産木材需要率が20%を割り山を守る林業就業者が激減してしまった現在、国産木材を使った家づくりを進めなければ、森の崩壊は雪崩を打って進行するでしょう。
また近年、吉野川流域の山や谷に埋められた産業廃棄物からの汚染水が吉野川水系に流れ込むことによる水質悪化が深刻な問題となっています。産業廃棄物の大きな部分を建設廃材が占め、シックハウスの原因ともなる化学物質を含む新建材等のウェイトがこれから益々増加していくことが予測されます。木や土壁などの自然素材を使った建物へと切り替えない限り、産業廃棄物による河川汚染に歯止めは利きません。これも河川管理者が考えなければいけないことではないでしょうか。
吉野川の治水・利水・環境を考える時、河川内だけに留まった整備計画では本質的解決にはならないのです。河川整備計画に森や住宅の問題を盛り込むこと、そのためには、今の縦割り行政を是正し、国交省内における建設局と河川局、国交省と農水省が連携することを要望します。
2.吉野川の美しい風景は、この流域の気候風土が生み出した文化と先人達の叡智が自然と共生しながら長い時間を費やし形成してきたものです。流域に住み豊かな恵を受けている私たちも、先人が為してきたように風景の中からその歴史性を読み取り未来へ継承していきたいと思っています。吉野川の地域性豊かな美しい風景はそこに住まう者の意識が育んでいくのではないでしょうか。
子ども達の時代のことを考えながら30年後の吉野川を語り、30年かけて形にしていく主体は私たち流域に住む者です。私たちは河川計画づくりに積極的に参加し、行政と協力しながら30年後の吉野川を今以上によくしていきたいと願っています。しかし住民の意見を聴く会での進行のあり方などをみる限り、決して住民参加とは言えない計画づくりに疑問を感じています。吉野川の河川整備計画策定にむけ、住民と行政がきちんと意見交換できる場の設定を要望します。
吉野川のデコボコ
こんばんは fumicaです。
水の流れをゆるめる役目なのでしょうか?デコボコの石。第十堰の北岸にもありますよ。
吉野川のニョキニョキ
こんばんは fumicaです。
雨の中、河川敷を散歩すると雨を待っていたキノコがそこかしこに。
無花果。
明日食べ頃だと思ったら、烏に先に食べられてることが多いです。
袋でもかぶせておけばいいのかな?

青い栗
今時分の栗は、まん丸です。


吉野川からは眉山
こんばんは fumicaです。
現在、徳島市では映画”眉山”のロケが行われているそう。主演は松島奈々子。原作はさだまさし。どんな作品になるのだろう。徳島の風景がたっぷり出てくるといいなぁ。徳島市の吉野川北岸からは眉山が必ず見える。吉野川と眉山はきってもきれない関係である。
豆福さん、今日はどちらへ?
池を覗き込んでおります。

桔梗と対面する。
秋の草花が咲いています。秋のにおいのする
風が吹き始めたような気がします。

おがたまの花
おがたまの木に花が一輪咲きました。この木は成長すると5メートルぐらいの高さ
になるそうです。本当は違う時期に咲くみたいで、一輪間違えて咲いた感じ。
本来の開花時期には、いっぱい花が咲いて、洋菓子のような甘やかな香りが
します。

となり町戦争
それは9月1日に始まった。学校の新学期ではない。となり町との戦争が始まったのだ。
開戦の知らせは、月に2回配られる町の広報紙に載っただけであった。それも町民税の納期や下水道フェアのお知らせに挟まれるように小さく <となり町との戦争のお知らせ。開戦日、9月1日。終戦日、3月31日(予定)・・・>という簡単なものであった。
そして戦況についてもほとんど知らされず、ただその広報紙の町勢概況のところに、出生数とともに死亡者23名(うち戦死者12名)などと示されるだけである。
ほとんど実態が分からないまま戦争が進んでいくことの不気味さを、三崎亜記さんの小説《となり町戦争》は描き出していく。
戦闘区域の拡大による地元説明会で、どうしてとなり町の人と殺し合いをしなければならないのか、と質問する青年に対して、役所の担当者はこう説明する。「となり町との殺し合いをしているのではなくて、戦争の結果として死者が出るだけです」と。そして「この戦争は、皆さんの代表である議会の承認を受けて進めているのです」とも。
果たして、実際の戦争に対して、議会や行政はストップをかけることができるのであろうか。はたまた私たち市民はどうだろう。
三崎亜記さんは、主人公にこう言わせている。「戦争は、絶対悪としてでもなく、美化された形でもない、予想しえない形で僕たちを巻き込んでいく。その時戦争にNOと言えるだろうか。僕には自信がない」。
一発の銃弾も撃たれず、一滴の血も流れない戦争小説。極めて事務的に役所の事業として進められる戦争。そのリアリティーのなさが、かえって恐ろしさを増大させる。
これからは、市や町の広報紙がどんなにつまらなくても、スミからスミまでしっかり読まなくては。もしかしたら今日、9月1日から・・・。
野口政司 建築家 (徳島新聞夕刊 9月1日付け)
なすび。
なすびを入れたカゴがあったので・・・・。

