里山エッセイ
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ちょこん・・・。
なかなか木には登れないということで、お困りの方たちに朗報。
切り株に座っても、一応「木登り」です・・・。

ポンダリンと豆福。
またしても、宙に浮かぶ豆福。
丸いもの好きなのはわかるけど・・・・。

吉野川からみる空
fumicaです。
吉野川からみる空にはレンブラント光線だけでいい。
サーチライトは似合わない。
今年のセミナーをしめくくる連続セミナー
fumicaです。
今年のセミナーをしめくくる連続セミナー
「美しいまちに住みたい Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ」の
Ⅰ、「いきづく町をつくるー真鶴町の選択」に参加しました。
テキスト本は、
「いきづく町をつくる 美の条例 真鶴町・一万人の選択」
五十嵐敬喜・野口和雄・池上修一 共著 学芸出版社です。
真鶴町は、人口一万人の神奈川県にあるちいさな町です。
このまちの試みは、すでに都市計画学会賞、まちづくり学会賞を受賞しています。
そんなすごい試みの「美の条例」とはなにか?それはどのようにしてつくることができるのか?
真鶴町の人々がまちの良さ、美を探し出し、「条例案の作成」、「運用規則案の起案」、「議会」、「運用」、そして「具体的につくってみること」まで、すべてが実験で、その実験が連続していく様がよくわかります。
日本中のまちが、まちづくりをなんとかしなくてはと考えている昨今、「まちには何もない」ところからつくっていくことの基準となる本です。この徳島も例外ではありません。
この本に出てくるキーワードの一つに、プリンス・オブ・ウェールズ(チャールズ皇太子)著の 『英国の未来像ー建築に関する考察』 があります。
下世話にいうと故元ダイアナ妃の夫、誰もが知っているアノ、チャールズ皇太子です。
彼は伝統的なイギリスの建物や風景が壊されていく事実に直面し、イギリスが滅びると感じた。
そこで、破壊を食い止め、イギリスの美しさを取り戻すために「10原則」をまとめます。
これが、おどろくほどに私たちの感覚とマッチしているのです。
①場所ー「風景を蹂躙(じゅうりん)するな」
②建築の格づけ
③尺度(スケール)・・・「小さいものほどよい。大きすぎても不十分」
④調和・・・「聖歌隊とともに歌え、合唱にさからうな」
⑤囲い地
⑥材料・・・「材料はそれがある所にあらしめよ」
⑦装飾・・・「むき出しの輪郭はいただけない、細部を豊かにせよ」
⑧芸術・・・「ミケランジェロは前庭にぽつんとただひとつ立つ抽象彫刻をつくる依頼などは受けたことがなかった」
⑨看板と照明・・・「公共の場所に粗悪な看板を立てるな」
⑩コミュニティ(地域共同体)・・・「家を建てる時は、そこに住むことになる人の意見を聞け」
などです。
これを原典とし、真鶴町では「まちづくり条例」にいう「まちづくり」の中心的課題を「美の原則」としたのです。
真鶴町『美の基準・デザインコード』にある美の基準の総括表から抜粋すると、
美の基準のⅠ、
③尺度・・・すべての物の基準は人間である。建築はまず、人間の大きさと調和した比率をもち、次に周囲の建物を尊重しなければならない。
④調和・・・建築は青い海と輝く緑の自然に調和し、かつ町全体と調和しなければならない。
とあります。
美の基準のⅢから②格づけのキーワードをみますと ○海の仕事 山の仕事 があり、
⑦コミュニティーでは ○人の気配 ○小さな人だまり ○さわれる花 といった言葉がならんでいます。
血がかよった仕事をしているなぁと関心します。
どうしたら、こんなよいものができるのでしょう。行政と地域に暮らす住民が協力しながらつくりあげていくことのすばらしさ。この徳島でも実現することは可能でしょうか。
吉野川河川計画のすすめかたなどをおもうと、この地では、「地域住民はだまっていなさい」と、いわれつづけているような気がしてなりません。
徳島の夜のまちをまぶしくまわるサーチライトは、真鶴町の条例に当てはめてみれば、まちがいなく条例違反でしょう。
かしこい住まい手になりたいのなら、住んでいるところを言葉にしていこう!
きっと、見る目がちがってくるはずです。
みなさんも、いっしょに探しにいきませんか?
吉野川で冬の支度
こんばんは fumicaです。
海苔の養殖?のための棒がお目見えしました。
吉野川橋から河口を望むと川がにぎやかです。
美しい国へ
その年の象徴的な出来事を漢字一文字で表す清水寺恒例の書き納めの文字、今年は恐らく「美」ではないだろうか。
「美」という字は、「羊」と「大」の二文字の組み合わせである。草原に羊がたくさん集まっている様子を表していて、その羊の群れを見て、調和がとれ統一されているのが「うつくしい」と古代中国の人は感じたのであろう。
ところが、別の説もある。「羊」は宗教的祭礼にささげられる動物で、「犠牲」の意味が含まれている。例えば「義」は「我の責任の限りの犠牲」であり、「善」は「儀式の祭具に盛る限りの犠牲」、そして「美」は「大いなる犠牲」の意味である。「美」には、共同体の命運などに対し、人間として行える最大限の犠牲、つまり己が命をささげるという含意があるのだという。
それでは、その「美」という字を使った表題で今話題の、安倍晋三氏の著作「美しい国へ」は、どちらの意味であろうか。新書判、232ページ、原稿用紙300枚ほどのこの本の中で、「美しい」という言葉は意外なことに4回しか出てこない。
「来年、桜が咲く4月頃が一番美しいが、どうか」(父、晋太郎がゴルバチョフに訪日を誘った言葉)
「人々の心、山、川、谷、みんなが温かく美しく見えます」(曽我ひとみさんが佐渡に24年ぶりに帰ったときのあいさつ)
「わたしたちの国日本は、美しい自然に恵まれた、長い歴史と独自の文化をもつ国だ」(この本の最後のページに安倍氏自身が書いた文)
「如何にして死を飾らむか/如何にして最も気高く最も美しく死せむか」(陸軍特別攻撃隊、鷲尾克己少尉の日記よりの引用)
前の3つは普通の「美」で、4つ目が自己犠牲を含意した「美」であろうか。
安倍氏は鷲尾少尉の言葉に続けてこう書いている。「たしかに自分のいのちは大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ」
安倍氏のいう「美しい国」とは、どうやら後の意味のようである。
私たち民草は、のんきに草を食べていると、”羊群声なく牧舎に帰り、手稲の頂きたそがれこめぬ・・・”-知らぬ間に祭壇にささげられているかもしれない。
建築家 野口政司(徳島新聞夕刊 10月20日付より)
またしても謎の植物シリーズ。
枯れてはいるのですが、八角みたいな不思議な形の実(?)を
持つ草を見つけました。

さらに、アップの画像を・・・と思いつつも、地面と半ば同化
してしまっているみたいで・・。わかりにくくてすみません。

さざんかが咲きました。
さざんかの木には、いっぱいつぼみがついています。
ぽつぽつとではありますが、咲き始めました。


阿波一の宮から吉野川を眺める
こんばんは fumicaです。
秋の気配に誘われて、大麻はん(大麻山)へ。参道の先には吉野川が見えます。(ケータイではこれが限界)萩の花が、元気をくれました。
謎の植物シリーズ
この薄いピンク色の花がたくさん咲いています。
「ツルボ」と言われました。
果たして、本当にそんな名前なのでしょうか?

吉野川のオレンジ
fumicaです。
水彩絵の具で”だいだい”に”きいろ”を混ぜて、オレンジ色をつくる。筆についた絵の具を水で洗うと、バケツの中はきれいなオレンジ色でいっぱいになる。画用紙にあわててぬってみるが、それとは大違い。透明感はない。バケツの中のオレンジがここにあった。小学生の自分に報告。
なぜ今ごろ・・?
5月ぐらいに花が咲く、オオデマリ。10月なのに花が咲きました。
それって、ふつうのことですか?

吉野川でかがやく
fumicaです。
吉野川の河川敷では夕日をあびて”ねこじゃらしの親分”もひかっています。
直立したまま・・・。
豆福、じっとしてなさい。後ろにトンボが止まってるから。

豆福や、なにをそんなにじっとしているのかね?

モードなキウィ。
11月が食べごろのキウィ。ただいま成長中です。

丸いものが好きな豆福は、キウィを
頭にのせて喜んでいます。

吉野川でひっつきむしの準備
fumicaです。
ウールのセーターにいっぱいくっつくこの実。秋の気配のなかで、北岸でも南岸でもちゃくちゃくと大きくなっています。
吉野川のカラスたち
こんばんは fumicaです。
最近、ミサゴとおもわれる鳥をよくみかけます。
でも、姿をとらえられるのはムズカシイです。
こちらはカラスたち。
目がいいのでしょう。
ケータイをむけると、何処かへ飛び去っていってしまいました。
ススキの風がふきわたる。
きんもくせいの香りのする風が吹いています。
ススキもいっせいになびいて・・・・。

柿の実気分。
天気がいいので柿の木に。

連日の強風で・・・。
風の強い日がつづきました。
どんぐりの枝が落ちていたのです。

でも、本当にこんな枝が落ちていたのです。

石垣に添って散歩。
レイラインのような石垣がありました。

石の間で休憩です。

謎の植物シリーズ。
またしても、怪しい植物を発見!

吉野川で巻き巻き
fumicaです。
秋ですが、吉野川の河川敷は生きものの命がいっぱいです。
こんなところにも生命力のつよさを感じます。
14ひきのおつきみ
<いわむら かずお 著 『14ひきのおつきみ』 童心社 1,260円より>
あさって10月6日は中秋の名月だ。
人間以外の動物もお月見をするのかどうか、私には分からないが、いわむらかずおさんの絵本『14ひきのおつきみ』では、ねずみの家族が木の上に月見台をつくってお月見をする。
いわむらさんの「14ひきシリーズ」は、おとうさん、おかあさん、おじいさん、おばあさん、そしてきょうだい10匹の合わせて14匹のねずみの大家族の物語だ。森の中の豊かな自然の移ろいとともに、ねずみたちの生活がやわらかな描線と色合いで描き出されている。
いわむらさんの絵本のことを教えてくれたのは、絵本大好き人間のIさんだ。ご自分の家の設計を頼むとき、こんな家が理想なんですと、バージニア・リー・バートンの絵本『ちいさいおうち』をプレゼントしてくれた方だ。
そして、プレールームに絵本がいっぱい置けるIさんの家が完成し、いよいよ明日から引っ越しという日、Iさんは設計のお礼にと一冊の本をくださった。
それが、いわむらかずおさんの『14ひきのひっこし』だった。ねずみの大家族が、森の中の木の根っこを新しいすみかにするために、みんなが力を合わせて巣をつくり、引っ越すお話だ。
その絵本を読んで、私はIさん一家が新しい家を大切にし、みごとに住みこなしていくだろうと確信したのだった。
この「14ひきシリーズ」は、『おつきみ』『ひっこし』のほかにも『あさごはん』『さむいふゆ』など全部で11冊のすてきな絵本集になっている。表紙のカバーを外すと、何と別の絵が出てくるというのがうれしい。
満月の夜、木の上のお月見台で、14匹のねずみたちはおだんごやクリを食べながら、お月さんと楽しいお話をする。そして月の光を顔に受けながら「おつきさんありがとう、たくさんのみのりをありがとう、やさしいひかりをあれがとう」と祈るのであった。
さあ、私もねずみたちのように月に祈りをささげよう。「どうか徳島が、もっともっと美しい町になりますように。見苦しいラブホテルのサーチライトも、いつかはなくなるでしょう。やさしい光で、私たちを照らしつづけてください」。
建築家 野口政司(徳島新聞 夕刊10月4日より) http://www.topics.or.jp
蜜柑も柚子も青い丸。
蜜柑がたわわに実っているところへ、
豆福を連れて行きました。丸いものが
好きな豆福はたいそうごきげん。

また別の日。同じように青い丸を見て・・・・。

それは、柚子だから・・・・。
吉野川でカニも笑う
fumicaです。
秋のにおいがいっぱいの吉野川。カニのスマイルにこちらもにっこり。
食べごろ無花果。
美味しそうに熟れています。カラスに盗られる前に
収穫しないと・・・・。

豆福も茶を愛でる。
こぼれるように咲く、お茶の花は可憐です。

ついでに実の方も。
