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里山エッセイ



ころげ落ちる

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風がほおに気持ちよい、新緑の祖谷を訪れた。
お目当ては、アレックス・カーが築三百年の民家をセカンドハウスとした「ちいおり」、そして昨年、重伝建に指定された「落合集落」だ。

かずら橋は今回は見るだけ、と横を通り過ぎようとした。そのとき、異様な光景が目に飛び込んできた。

渓谷にせり出すようにコンクリートの列柱がそそり立つ。五月の明るい光を浴びてその列柱が不気味に輝いている。
その名も“かずら橋夢舞台”。四十三億円をかけて建設されたイベント広場兼大規模駐車場だという。

「うーん」。私はうなった。誰もこの計画を止められなかったのか?

 
「数々の文化遺産、美しい国土、すぐれた教育制度、世界一の個人貯蓄。それらがありながら、なぜ日本は道を踏み外すのか?」
アレックス・カーが『犬と鬼』の中で投げかけた日本への疑問だ。

それにしても誰がこのような名前をつけたのか、その“夢舞台”は、アレックスが理想的な日本の原風景と呼んだ「ちいおり」と目と鼻の先であった。

かずら橋を訪れる人は、秘境と呼ばれる祖谷の自然風景を楽しみに来るのではないのか。その見事な風景を圧倒的なコンクリートの列柱が破壊している。

見苦しい看板、道を覆う電線と電柱。風景破壊は日本全国で見られるが、これほどまでに極端なのは珍しい。
かずら橋に替わる新しい名所づくり。どのようにすれば風景が台無しになるのか、の先進事例としての視察者をあてにした奇策か、と思わず勘ぐってしまった。

あまりの評判の悪さに、六十年かけて柱をツタで覆う計画があるそうだ。しかし六十年後にはコンクリートが劣化して、取り壊しの運命だろう。そして恐らく、それよりさきに先進事例としての霊験も失われて、ここを訪れる人はいなくなっているのではないだろうか。


その後に行った「ちいおり」と「落合集落」が、仙人の里のような絶妙な味わいだっただけに、そのあまりの落差に、私はそれこそころげ落ちるような気分であった。


 建築家 野口政司     2007年5月22日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
 


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