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里山エッセイ



吉野川のほとりの田んぼで噴水

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こんばんは fumicaです。

田んぼで水が、噴出していました。


吉野川南岸 田んぼの生き物調査 

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こんばんは fumicaです。

生物学者で、NPO法人「田んぼ」の岩淵成紀先生が来徳。

カエルの調査、草花調査、イトミミズとユスリカの調査を行いました。

この田んぼは、吉野川の水をひいているそうです。

5年間、肥料、農薬を使用せず、赤米(古代米)をつくっています。


吉野川のカニの楽園

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こんばんは fumicaです。

どういうわけか、この干潟には、シオマネキはいません。

でも、水たまりが好きなのかな?アシハラカニ?は、わんさかいます。

よーく見てください。


吉野川のエイゴリアン

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こんばんは fumicaです。

雨がつづくと、期待通り、キノコのおでましです。


吉野川の恵みのひとつ

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こんばんは fumicaです。

吉野川の下流は、肥沃な土地に恵まれています。

庭に植えたキューリやズッキーニ、トマトにピーマン。

それからディルやタイムのハーブ類もすくすく育ちます。

収穫して、ピクルス漬けを作りました。


近未来の風景

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「素敵なマンションが見つかったわよ。建築雑誌にも載ったことがあるんだって・・・」

関西に住む息子のためにマンションを探しに行っていた妻から連絡が入った。

住所を聞き、グーグルアースで敷地を上空から見た。(それにしても便利な時代になったものだ)

中央にプールがあって、九つの棟がそれを取り囲むように配されている。近未来的なデザインが評判の建築家の作品だ。

しかし待てよ、これは何だ。

そのプールの上に白い線が二本見える。写真合成時の線かと思ったが、その線が、南北数キロにも渡って続いている。


もしかして…、私は翌日、現地に向かった。

 
 
 
九つの棟を空中歩廊がつなぐ。手摺のパンチングメタルが重なり、不思議な模様を描いている。丸いボールトの屋根、波打つそのシルエットを追いかけ、空を見上げた。

プールの上に高圧線。一本や二本ではない。合計十二本の高圧電線が、逆アーチを描いてマンションの上に垂れ下がっている。十五万ボルトの高圧線をさけるように屋根がウェーブしている。

何という風景。前夜、暗くて見えなかったその高圧線の圧倒的な存在感に、妻は無言であった。


一九九二年、スウェーデンの国立カロリンスカ研究所が、有名な論文を発表している。

一九六〇年~八五年までの二十五年分のデータを解析した結果、「送電線から五〇メートル以内に住宅のある子供は、白血病になるリスクが二.九〇倍」であると。

欧米では、高圧送電線下の住宅はもはや非常識となっている。

十八日の徳島新聞一面トップで、WHO(世界保健機関)が、電磁波対策の法整備を求める勧告を出すことが報道されていた。

電子レンジなどの電化製品や高圧送電線が出す超低周波電磁波による人体影響(特に小児白血病)が否定できないと。

それまで「影響は見られない」と言っていたWHOが、決定的な方向転換をしたことになる。

これまで、WHOの考え方を根拠に、安全性を強調していた産業界、そして対策を取らなかった政府に猛省を促したい。


しかし、法整備がなされた時、このマンションは、どうなるのであろうか。
高圧電線の下で、スラム化し、風化していく近未来の姿が目に浮かんでくる。


青い吉野川での楽しみ方

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こんばんは FUMICAです。

青い粒子が飛び交っているような吉野川では、みずたまりも青く見えます。


吉野川でたくましく生きる

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こんばんは fumicaです。

梅雨の晴れ間、川べりにでてみました。

この木は、護岸工事のため、大きくのばした枝を切られてしまいました。

それでも、パイプ用ブラシみたいな格好で、ずっと、吉野川のほとりにたたずんでいます。

今日は、なんだか、生き生き、どっしりと見えました。


吉野川で大きく成長

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こんばんは fumicaです。

親指のつめほどの大きさだったシジミがたくさんいた4月。

今日は倍に成長したものをいくつも、見つけました。

同じ干潟で、シオマネキの小さいのが、ぐるりと団子で巣穴を囲ってました。

大きくなってね。


吉野川の空はにぎやか

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こんばんは fumicaです。

飛行機雲がいっぱいの下は、吉野川の河口です。その向こうは、紀伊水道。

梅雨の晴れ間、空も水もきれいでした。


謎の植物シリーズ、再び。

とてもきれいな花。
夢心地の豆福。
なんの花だかはしらないけど、優雅な気分☆


謎の植物シリーズリターンズ。

Gokoさん、この植物はなんなのですか?
なんの花だろぅ?


吉野川で気温もグングン上昇

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こんにちは fumicaです。

いつの間にか伸びた夏草が、川風に吹かれます。


どんどん行く、玉福。

知りたがりの、聞きたがりの、触りたがりの玉福。
それにくわえて、いたずら好き・・・・・・。
(え?誰かと似てる・・・って?)
これは、里芋の芽なんだってー。

これ、fumicaさんちの月桂樹。ついたんだってー。

青梅じゃー。



玉福のひとりでおでかけできるもん。

豆福に負けじと、玉福もひとりでお散歩。
なんだろぅ?この赤いのは?

おっ、かわいい。


豆福の散歩。

たまにはひとりになりたい日もあるさ・・・。
さ、どこへ行こうかなぁー。

枇杷の木陰でお昼ねでもするか・・。
あー、もぅ知らん。知らん。



吉野川でゴロゴロ雷

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こんにちは fumicaです。

吉野川の土手の草も、風にゆれます。刈り取られた草も波打っています。


ひかげに咲く?・・・日本あやめ。

佇まいは演歌歌手のように思えてなりません。
清楚だからでしょうか・・・・?
和服美人に見えるからかなぁ・・


貴方達と我々―舟越保武の彫刻

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「病醜のダミアン」  舟越保武 『巨岩と花びら』 筑摩書房より
 
 
 
五年前に、八十九歳で亡くなった舟越保武氏は、戦後日本を代表する彫刻家であった。

「長崎二十六殉教者記念像」や「原の城」など、精神性にあふれた宗教的作品で知られている。

前者はキリシタン弾圧で処刑されたキリシタン二十六聖人の像である。二十六人が今まさに天に昇ろうとしている時の姿を彫刻に刻みとっている。

「原の城」は、天草の乱で全滅させられた三七〇〇〇人のキリシタンと農民たちへのレクイエム(鎮魂歌)で、かぶとを付けた武士のやつれた立像である。埴輪(はにわ)のように目と口に穴が開けられていて、人間の内面をのぞきこむかのような作品である。

作家自身がいちばん気に入っていたのは「病醜のダミアン」である。

ダミアンは、ベルギー人の神父で、三十三歳の時にハンセン氏病の人たちが隔離されているハワイのモロカイ島に自ら志願して赴任した人だ。

神父が患者たちにいたわりと同情の言葉をかけても、誰も聞いてくれない。「貴方達、癩者は」と呼びかけても彼らの心に響かないのだ。

ダミアン神父は、それでも患者たちの生活の世話と治療を続けた。十年たったある時、足に熱湯をこぼしたが熱さを感じなかった。顔や手にその病の兆候が現われた時、彼は初めて患者たちに、「我々癩者は」ということができた。


ダミアンの悲願であった、患者たちへの言葉がやっと通じたのだ。
 
 
このダミアン神父の残された写真を見た舟越保武氏は、恐ろしい程の気高い美しさを感じ、その像を作ったという。

これ以上崩れることはないと思われる顔の中に、美醜を超えた強い気品を覚えさせる彫刻である。

 

さて、舟越保武氏は、文もよくできる人で、『巨岩と花びら』という画文集がある。その中に、東京芸大の最終講義をまとめた「すきやき」と題された文章が出ている。

洗うがごとき貧しさの中で、二晩徹夜で彫り上げた石像を画商の所へ持っていく。やっとのことでお金をもらい、女房と六人の子供にすきやきを食べさせる話である。

芸術家の卵たちに、あえて貧乏話を贈り、あせらず気ながに制作を続けることの大切さを伝える名講義であった。

学生たちにしっかりと向かいあっていた舟越保武氏の姿が偲ばれる。

その腹をすかせて待っていた六人の子供たちの中のひとりが、現在最も注目される彫刻家で、独特の彩色木彫で現代人の孤独を表現する舟越桂氏であった。

建築家 野口政司  徳島新聞夕刊2007年6月6日 「ぞめき」より


いちじくは今年も・・・。

ボクシンググローブのように、青い実が
ついております。
熟れるのが楽しみ♪

わーいわーい。


ひかげに咲く・・ゆきのした。

地味な花なので、よく観察してみようと
ちかづいたところ、蛇がでてきました。
くわばらくわばら。
見て見て!地味っていわないでー。


吉野川源流の木が残した名前

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こんにちは fumicaです。

江戸時代のはじめ、すでに吉野川源流の木は、いまでいう関西地区に荷揚げされ、利用されていたそうです。

2007年、大阪は淀屋橋の風景です。

ビルが立ち並び、人や車がたくさん行きかう橋の下に流れるのは土佐堀川です。

源流のあるところ、嶺北の森地域から、大阪まで、材木を運ぶのに吉野川が利用されました。

歴史の影に、吉野川あり。


蜜柑。

♪蜜柑の花が咲いている♪
♪思い出のみち~岡のみち~

♪はるか~に見える~は・・・


檸檬。

檸檬の花もいい香り。
蟻がいっぱいいるよぉ~

これだけ甘い香りがするんだから、甘い蜜があるんだね。


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