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里山エッセイ



シンポジウム「まちに森をつくる」―地球温暖化と里山の家part2 2008年2月23日

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パネルディスカッションに進みます。


先ず最初に、建築家で里山の風景をつくる会理事の野口政司さんが、
森と文明について話されました。
古代ギリシャは、人口の増加により森の樹木を切り倒したがために、
森を失い文明も滅んでしまいます。
その歴史からドイツなどのヨーロッパの人々は森の重要性を学び、
森をとても大切にしているのだそうです。

一方、日本で進む森の砂漠化は、木を使わないことによる、
と野口さんは指摘します。
森と共生し棚田の風景をつくってきた私たち日本人の知恵を
思い起こすときではないか、と。

スライドでは、今まで完成した里山の家・里町の家や、
源流ツアーに参加した施主さんの家族が紹介されました。
木が伐採され製材されていく過程をいっしょに体験することから、
家族みんなで家づくりへ参加する姿勢が生まれていくエピソードが印象的でした。

                                         (part3へつづく)


一輪

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やぶつばき一輪
一輪が好き
孤高の一輪が好き

でも山の中の
古木一面に咲くやぶつばきにも
ぜひ逢いたいと思う      
                   むかしおとめ


シンポジウム「まちに森をつくる」―地球温暖化と里山の家―part1  2008年2月23日

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2月23日にシンポジウム「まちに森をつくる」が開かれました。
今回で3回目となる「まち・もり」のテーマは「地球温暖化と里山の家」です。

急速に進む地球温暖化を防ぐために私たち一人一人ができることは?
山を守る人、作り手、住まい手、生協、それぞれの立場からの取り組みを
語っていただきました。

5回シリーズで皆様にお伝えします。


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四国の森づくりネットワーク代表として活躍される田岡秀昭さん。

その活動の原点は『木をつかうことによって森は守られる』ということ。
「木をつかうことで、地域の環境がどう変わっていくのか、考えて欲しい」と
会場に呼びかけて田岡さんの講演は始まりました。
 
日本の森林被覆率は世界一、しかもその40%が人口林です。
その人工林の砂漠化を食い止めることが出来ないのは
森づくりに「木をつかう」という考えが欠落しているから。
そして使われる木の80%をホワイトウッドなどの外材に頼っている現状に対し、
木の地産地消、ウッドマイレージ、つまり食と同じ視点が必要だと
田岡さんは指摘します。
 
急速に進む地球温暖化防止に大きな期待がかかる森の機能。
しかし国土の66%を覆う森がその機能を発揮するためには、
一人一人が森の木とのかかわりを住まいの中で考えていって欲しい。
 
例えば里山の家の環境性を地球温暖化という視点から
田岡さんは次のように説明します。
里山の家が使う木材は平均して60㎥、44トンのCO2を家は固定します。
森林でみると、4人家族が年6,5トンのCO2を排出するとして、
一世帯が26年間排出するCO2を固定した森の木が里山の家に使われます。
里山の家は地球温暖化防止に森と同じ機能を担う、と田岡さん。
 
かつては世界中の森の木を輸入してきた日本ですが、
今世界的にみた木材の流れは中国やインドなどに移りつつあります。
外材が輸入しにくくなったことで国内では大手住宅メーカーが国産材に目をつけ
合板などに加工してつかう動きが始まっています。
しかし木はむくの材としてつかわれないことには、
森を育てていく経済の循環が保障されません。
 
里山の家のように、木をきちんとつかった家づくりをすすめていくことで
よい環境を取り戻して欲しい、と田岡さんは締めくくられました。

                                        (part2につづく)


ブルーベリーのこばえ

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この庭に移って21年がこようとしているブルーベリーの幹は、
黒々し、たくましさをましてきました。
足元にこばえが生えて久しいのに、移植しないためいつまでも小さい。
先日鉢にとり、友人の畑に植えてもらいました。

20年後それぞれの木はどうなっているでしょう。
地球温暖化の影響もうけるでしょうね。


住みての気持ちが。。。

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この通り、街燈下のほんの小さいスペースも生きいきしています。

地元の方の手書きだという俳句が、街燈に結わえられ、風に揺れていました。
もうすぐ商店街のウインドウに、塗りの遊山箱が飾られます。

”世界平和”もこんな一隅の住み方から発信されるのでは?
なんてかわいいピンクの梅を見て感じてしまいました。  (I)


緋寒桜と梅

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両国橋のたもとに緋寒桜が一本植わっています。
排気ガスのせいか木姿が悪くなりましたが、今年も咲いてくれました。


畑の梅が気持ちよく枝を広げて咲いています。


50年前の暮らし

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                         映画 『名もなく貧しく美しく』 より
 

一枚のモノクロ写真がスクリーンに映し出された。
 
  「この写真に全ての解決策が示されています。」
 
それは、ちゃぶ台のまわりに座ってだんらんしている
懐かしい日本の家族の写真であった。
 
  「50年前の生活を思い出して下さい。そこから学ぶことはたくさんあります。」

 

2月16日、ふれあい健康館で、
ネットワーク『地球村』の高木善之さんの講演会があった。
「不都合な真実を語る」と題され、CO2による地球温暖化と、
オゾン層破壊や森林減少などによる地球環境の危機がテーマであった。
 
年に300回、これまで一万回に及ぶ講演会を行い、
個人として最も多い講演回数ではないかという。
 
 
高木さんがこのような活動を始めるのには、あるきっかけがあった。
 
1981年、33歳のときにオートバイを運転中、逆走してくる車と正面衝突。
生死をさまよう臨死体験の中で、ある意識の覚醒が起こったという。
 
 “ 10年後、ソビエトの崩壊
   20年後、アメリカの崩壊
   そして40年後 世界の崩壊
   無数の未来の記憶・・・   ”
 
それは、高木さんが40年後の世界の崩壊を防ぐために、
自分の役割を自覚し、動き出すきっかけとなる出来事であった。
 
 
高木さんは、経済優先で環境を破壊してしまった日本の姿を、
参加者に気付かせようとする。
まずは身近な生活のことから始め、
同時に国や行政に働きかけることの大切さを述べる。
そして大量生産、大量消費、大量廃棄の愚かさを改め、
グリーンコンシューマ(地球にやさしい市民)となることが、今求められています、
と結んだ。
 
うーん、50年前の暮らしに戻れるかなあ。
人間の欲望はおなかのようにどんどんふくらむばかりだし。
 
貧しかったけれど、自然と仲よく暮らしていたあのころ・・・。
もう一度真面目に考えてみるのもいいかもしれない。
高木さんは、車を捨て、服はリサイクルショップで求め、
1日1食、1500kcalで生活しているという。
 
 
私たちもできることから始めなくては。
しかし、地球はいつまで待ってくれるのであろうか。
 
 
 
建築家 野口政司   2008年 2月 20日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


味噌つくりの準備(糀)

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味噌用の糀2斗8升、7軒分ができあがってきました。
味噌つくりまで2週間ほどあるので、発酵を止めておくため、
使用料の半分の塩を混ぜ合わせる作業をすませました。
はんぎり桶の糀は3升分。紙袋の中でしばし一服。

兄の育てた大豆も別室で出番待ち。
双方が合うのも間近です。   (I)


カモメの水兵さん♪並んだ水兵さん♪♪

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新町川の冬のお客様
ユリカモメのご一行様です。
空の上でも水の上でも
同じ隊列で・・・ハイ!せいれ~~つ!!

カメラのシャッターをきった瞬間に、カモメがびっくりしたんでしょうか?
わたしの頭上に低空飛行でバタバタと・・・
まるでヒッチコックの映画みたいに・・危うく川に、はまりそうになりました。


30年振りのシクラメン

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 30年前、お世話になった方にお持ちしたシクラメンが帰ってきました。
育て主の話では、花が終わり大きくなった球根は、9月頃芽が動き出すと
半分か1/4にカットし、切り口に殺菌剤を塗布する。そして植えつける。
このシクラメンで5年だそうです。6回くらいこの作業が繰り返されたのですね。

30年。感慨ひとしおです。当時2歳だった息子が32歳です。
人との交流、植物もふくめての生物との付き合い。
大切に使っている物にも特別な気持ちが生まれます。



畑から連れて帰りました。

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雨が多いからでしょうか、ちょっと太りすぎ?
 
でも、色っぽいです。

おなべの中で鰤大根になります。


2月里山セミナー「“シンプル”という贈りものーアーミッシュとシェーカーの暮らしに学ぶ―」 2008年2月9日

みぞれ降る寒い冬の日、
ビオスホールのスクリーンに映し出された映像は・・


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『SHAKER』 出版:CASSELL より

シェーカー・デザインの世界。
シェーカーの家具や生活用具、工房や住まい・・・
シンプルで清楚で美しいものばかりです。

映画「目撃者」。
アーミッシュの村人総出で納屋を立ち上げるシーン。
青々と広がる麦畑に風がはしるシーン。
しみじみと懐かしさを感じるのは年配の人だけではなく若い人も。

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『“シンプル”という贈りもの』 ビル・コールマン写真集 より

アーミッシュの村に25年通いつめて撮った珠玉の写真の数々。
“シンプル”という贈りものを手のひらにのせてもらった、
そんな里山セミナーでした。


古書肆 後藤書店

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神戸、三宮センター街入口にある古書肆、後藤書店が、この1月14日に店を閉じた。
後藤書店は、100年近く続いた古書店の老舗である。
 
その閉店間近の後藤書店に、お正月休みを利用して訪れた。
文学全集や美術、哲学、宗教書などが山積みにされている。
新本をあつかう書店では、これだけの品ぞろえは難しいだろう。
 
前々から探していた宮沢賢治全集と埴谷雄高全集、
そしていく冊かの建築書を求めた。

 
その本の中に、店主特製の栞が入っていた。
 
   「書物ニ魅セラレルノモ、前生カラノ因縁」(清朝乾隆帝)
 
   「我ガ家ニ何ガ有ルカト云ッテ、有ルモノト云エバ、座右ノ山積ミノ本ダケ」
                                         (寒山詩)
 
いくつかの種類があって、それぞれに中国の詩文の拓本が刷られている。
 
   「琴ヲ禅ジ書ヲ読ミ陶陶然タリ」(唐詩)
 
   「門ヲ敲ク客トイエバ風月ノミ 机上ニ在ル典籍ト云エバ老子・荘子ノ書ノミ・・・」
                                            (宋陸遊)
 
そして、「創業明治四十三年、和漢洋古書籍 後藤書店」と
末尾に小さく記されている。
 
この栞は、店主からお客さんへの、
つまり大切な想い人である愛書家への恋文だったのではないだろうか。
この書店の100年に及ぶ長い時間のつみ重ねを思いながら、
私はその栞を本の間に戻した。
 
後藤書店は1910年の創業で、
当時神戸神学校の学生だった社会運動家の賀川豊彦も、
店主の先代後藤和平さんと交友を深めたそうだ。
 
1938年の阪神大水害で被災、さらに45年の戦災で店を消失。
戦後親子で7㎡(2坪)のスペースから再出発し、後に自社ビルを建て、
和漢洋の古書籍十万冊をそろえる“関西一の古書店”と呼ばれるようになる。
 
95年の阪神大震災に襲われたが、
2年後には新ビルに改築し、店の経営をたて直している。
 
しかし、店主の正夫さんが86歳、弟の昭夫さんも81歳と高齢なうえに、
後継者がなく、ついに今年の1月に閉店することになった。
 
最後まで現役で・・・。
閉店セールでにぎわう店で、老兄弟はていねいに接客していた。
 
私はどうにも立ち去りがたく、店が閉まる時間まで、
後藤書店の空気を懐かしい気持ちで吸い続けていた。
 
 
 
建築家 野口政司   2008年 2月 4日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
 
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立春

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今日は立春

春とは名ばかりの風の冷たさですが

庭の梅の花が、一輪二輪と咲き始めました。
                           (N)


徳島エコタウン

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徳島県に住んで四半世紀近くなりますが、
まだ徳島県人と胸を張ってはとても言えません。
 
ただ所要で実家に帰り、帰路、車の運転で緊張した私の神経を解きほぐすものは、
いつしか吉野川と眉山になりました。
 
明石海峡大橋を通り大鳴門橋を渡ると、そろそろ徳島に帰ってきたという感じで、
最後に夕日に縁取られた眉山を背景に、蕩蕩と流れる吉野川の姿は
「戻ってきた…」と独り言を引き出す魔力があります。

随分昔、徳島を活性化させるキーワードとして
「川がきれい」「森林浴もできる」などと語ると
「そんなん当たり前じゃん!そんなことで徳島は売り出せへんよ」としかられました。
時が流れ、当たり前のことがとても意味を持つようになりました。
 
一月二十五日夜、郷土文化会館で地球温暖化の危機を訴えた
ドキュメンタリー映画上映に八百五十人もの方々が集まったと聞くと、
時代の移り変わりを肌身に感じるようになりました。
 
かつて太陽が風や草木や土や水といった自然素材を最大限利用して、
人間の住まい造りは行われました。
いつしかそれから離れ、太陽や風を遮断し高気密高断熱の建物にエアコンを付けて、
効率的に冷房と暖房をするやり方が主流になりました。
 
大都市の狭い土地でプライバシーを確保し生活するためには、
それなりに意味を持ちます。
しかし、地方都市はそれをまねすることより、
自然素材を最大限生かし、エアコンにあまり頼らず、
CO2削減効果が高くて、建設コストも安い、エコハウスを造ることで、
東京や大阪とは大きく違う街造りができないものかと思います。
 
 
瀬戸内気候に属す徳島市の日照時間は全国第八位、
徳島県の森林面積は全体の75,6%で、
徳島市内には大小百三十八の川が流れています。
 
日照時間の長さは太陽光や太陽熱の利用に最適で、
森林面積の多さは間伐材利用の特典もあります。
 
川からの風を利用したり、打ち水や、ゴーヤーを窓際に植えて
緑のカーテンを作ったりすることで、徳島らしいエコタウンが完成すれば最高です。
 
 
冷やし過ぎず、暖め過ぎない、それなりに心地よい暮らし方をいったん経験すれば、
徳島に戻ってきてよかった、徳島から離れたくないという人たちが増え、
八十万人を割った人口も回復するのでは、と勝手に考えています。
 
 
2008年 1月31日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
太陽と緑の会代表  杉浦良   


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