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里山エッセイ



加藤周一さんの置土産

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「手練の槍は夢中というものでない。
これはいくらでも殺せるということがわかったとき、殺すことの空しさもわかった。
いや、そう考えるまえに、腕がおのずから動いて刺し殺す、
その腕の動きに覚える無上の快がおそろしくなったのだ。
                                (加藤周一『詩仙堂志』)

 
和漢洋にわたる深い教養をもとに、
文化、社会、そして現代政治まで縦横に論じた評論家の加藤周一さんが亡くなった。
89歳であった。
最後の著作は、昨年3月に出版された『日本文化における時間と空間』。
この本は、日本の思想・文化について
これまで加藤さんが考えてきたことをまとめたもので、
私たち日本人への置土産であろう。
 
加藤さんは日本文化の特質を時間と空間の2つの軸から探っていく。
 
時間軸として、日本人の「今」主義を上げる。
例えば、「日本人」は1945年夏、
集団的に「みなさん御一緒」にほとんど一晩で生れ変った。
過去を忘れ、失策を思い煩わず、現在の大勢に従って急場をしのぐという
伝統的文化が日本にはあったのだという。
そこから抜け出すのは容易でないと加藤さんは指摘する。
 
さらに、空間軸としての「ここ」主義。
日本人の生活空間の原型は「水田耕作のムラ」であり、
ムラの外部に対しての関係は、上か、下か、それとも上かつ下であって、
決して対等ではなかった。
外国は日本共同体からはるかに遠い外部の存在で、
教師(上)であるか、敵(下)であるか、その双方(上かつ下)。
日本は、どの国とも対等の交流関係を結んだことはないという。
 
時間軸の「今」主義と空間軸の「ここ」主義は、
部分を積み重ねて全体に至るという同じ現象の両面をあらわしている。
日本文化の特質は、この「今=ここ」にあり、
それが私たちの日常や政治行動を規定しているという。
 
なぜあのような戦争に日本は突入していったのか、
日本人は未だにそのことを克服できていないのでないか、という心配が、
加藤周一さんを「戦後知識人」におしとどめさせた
大きな理由であったのではないかと思う。
 
今や天地に還った加藤周一さん。
槍を捨て、詩仙堂にこもって詩作と庭仕事に三十年の年月を過ごした石川丈山や、
江戸期にあってすでに近代合理思想を先取りしていたといわれる天才・富永仲基らと、
それこそ時空を超えて、
好きなだけ文学や歴史、哲学について語り合っていることであろう。
 
 
 
建築家 野口政司   2008年 12月16日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
 


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