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里山エッセイ



満開の桜の下で

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四月は出発の季節である。入学式、そして入社式。
満開の桜の下、新しいスタートの場についた人も多いのではないだろうか。
 
運よく希望どうりの場所に立つことのできた人、
又志とは異なるがまずまずのスタートを切った人。
逆に志に殉じて雌伏を決めた人。
様々な決心が桜の花といっしょに舞い乱れる。

 
 
さて私の好きな藤沢周平さんの小説には、
仕官を求めて旅を続ける武士の話がよく出てくる。
『竹光始末』や『証拠人』などの一連の士道小説がそれである。
 
「周旋状」や「高名の覚え」をもって召抱えの募集をしている藩を巡る姿は、
履歴書や成績証明書を手に会社訪問をする現代の求職活動と重なって見える。
 
空前の不景気にみまわれ、
入社式の前日に半年間の自宅待機を求められたり、
ひどい場合には入社を取り消されたりする話もよく聞く。
つい一年前の売り手市場の就職状況がうそのようである。
 
 
藤沢周平さんの小説ではもっと苛酷である。
『竹光始末』の小黒丹十郎は、3年と5年の二度にわたる浪人生活を送っている。
妻と娘二人をかかえての仕官の旅である。
『証拠人』の主人公である佐分利七内の場合は一人身であったが、
なんと23年にもわたる流浪の年月を重ねている。
 
どちらの物語も思わぬ試練が待ちうけていて、
主人公たちは翻弄されながらもそれに立ち向かっていく。
二つの物語の結末は全く異なるものであるが、
共に通い合うのは、悲運にめげることのない主人公たちのけなげな生き方であり、
そして所々で出会う人たちの示す「人の情」である。
 
こんな人たちの住む世の中であればなんとか生きていける。
けっして今の日本ほど豊かではない。
むしろ「質素の美」というものを感じさせる藤沢周平の物語世界であるが・・・。
 
「セーフティネット」という言葉など無かった時代の方が
生きやすく感じられるのはなぜだろう。
『竹光始末』の最後の四行にその全てがこもっているのではないだろうか。
 
満開の桜がライトアップされ、
その中に浮かび上がる清水寺の舞台を見上げながら、
そんなことを考えていた。
 
 
建築家 野口政司   2009年 4月 10日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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