ヘッダーをスキップ

ヘッダーエリア


コンテンツエリア

里山エッセイ



里山の風景をつくる

⑫IMG_5543.jpg
                             Photo by HIROMU SORA
 
 
空(くう)を切り裂くようにホトトギスひと声、雑木の林を渡って行った。
 
ここしらさぎ台は、雑木林に隣接している宅地が多い。
芽吹きの春、緑滴る夏、紅葉する秋、冬木立。鳥が鳴き、四季が移ろう。
天突くばかりに育った広葉樹の林は、昔の里山を彷彿とさせるが・・・。

 
山ろくの畑地に家が建てられ、後ろに森があり、前には水田が広がる、
昔から見慣れてきた里山の風景、田園の風景だ。
 
里山は人里近くにある林や草地で人の関わりが欠かせない。
里山は暮らしに必要なすべての資源を擁していた。
建築木材をはじめ、薪、炭、食糧、薬草も。農耕地、放牧地となり、
里山に貯えられた水は里地を潤し里川に流れ、漁獲、生活水を確保した。
多くの動物が棲み、多様な生物の生息の場であった。
 
 
しかし現実には、化石燃料が主流となり、外材が巾をきかせ、
宅地開発が進み、食糧も飼料も輸入に頼り、里山は放置され減少した。
生産の場として暮らしを支え、生物の多様性にみちみちていた里山を、
私たちはいつの間にかお役ご免にしてしまった。
 昔、昔、里山があったとさ、
 おじいさんは芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行ったとさ・・・
の世界にしてしまった。
里山の価値を見失い、ふるさとの風景そのものであった里山は
いつしか省みられなくなった。
 
 
 
熱気溢れた先日の生物多様性セミナ-、
私は、生物多様性国家戦略(2007年閣議決定)の中に、
「里山イニシアチブ」という言葉を見つけ、おお!と思った。
 
私の属するNPO法人「里山の風景をつくる会」が、
活動の夢と未来を里山という言葉に託したのは8年前のことであった。
私たちの里山はどこにある?
里山のイメ-ジを言葉にし、絵に描き、熱く語り、ワ-クショップの紙面を埋め尽くした。
私たちは里山の風景を「守る」のではなく、
里山の風景を「つくる」と決意した日のことを思い起こし、
里山の大切さが、脚光を浴びつつある事に感慨を持つ。
 
 
里山との新しい関わりかたが求められている。
生物多様性が生み出す自然の恵みに気づき、
自然資源に依拠した循環型社会を再構築する時が来ている。
 
徳島での地域戦略を立てる暁に、
NPO「里山の風景をつくる会」は「里山イニシアチブ」の旗頭になりたいと願う。
 
 
 
2009年 6月 30日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
 
biological diversity.jpg
       Image by Ministry of the Environment,Government of Japan


六月

colum116 茨木のり子.jpg
 
 
 
梅雨空の間から強い夏の日差しが顔をのぞかせる。
三年前に亡くなった茨木のり子さんに『六月』という詩がある。
 
  “どこかに美しい村はないか
   一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒(ビール)
   鍬(くわ)を立てかけ 籠を置き
   男も女も大きなジョッキをかたむける”
 
男と女がともに働き、そして汗をぬぐいながら農作業のあとのビールを楽しむ。
今どきの屋上ビアガーデンでは詩のような情感にはならないだろう。
やはり緑あふれる美しい村が似合っている。

 
 
茨木さんはエッセイ『はたちが敗戦』の中で、男と女のことを次のように語っている。
 
「たとえば戦争責任は女には一切関係ないとは到底思えず、
日本が今尚ダメ国ならばその半分の責任は女にあるというふうに」
 
 
さて『六月』の詩はこう続く。
 
  “どこかに美しい街はないか
  食べられる実をつけた街路樹が
  どこまでも続き すみれいろした夕暮は
  若者のやさしいさざめきで満ち満ちる”
 
美しい街は何も特別なものでなくてもよいのだ。
雨と太陽にあらわれた街路樹がキラキラと輝き、夕暮れの空が澄みわたり、
若者たちがさわやかに語りあうことができれば。
 
詩の最後はこう結ばれている。
 
  “どこかに美しい人と人との力はないか
  同じ時代をともに生きる
  したしさとおかしさとそうして怒りが
  鋭い力となって たちあらわれる”
 
同じ時代をともに生き、ともに笑い、そしてともに怒る。
それができる仲間がいることが人生の幸いであろう。
そしてそのような自立した自由な人と人、男と女が力を合わせて
美しい時代をつくることができれば・・・。
 
 
青春のいちばんきれいだったときを戦争に奪われた茨木のり子さん。
その悔しさと、そしてそれが故の新しい時代への思いが伝わってくる。
このような思いを私たちはいくらかでも受けつぐことができているであろうか。
 
強い日差しと野をうるおす慈しみの雨。生命が輝きわたる夏至のころの季節。
六月生まれの茨木のり子さんはこんな六月が大好きだったのだろう。
 
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 6月 29日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


小松島―里地の風景 

PA0_0004.JPG
ここは小松島。水田と竹林の風景です。
 

PA0_0003.JPG
「おもたか」という植物の花が咲いていました。
農薬をつかっていないから、ゲンゴロウなど小さな虫がにぎやか。

 
PA0_0005.JPG
水車です。
水田に水を引いています。
竹、板、縄でつくられていました。
 
PA0_0002.JPG
水田のむこうに見える竹林です。
小松島は昔筍の産地でした。
今は?
荒れています。
光が入らない山肌は固く、保水力がありません。

なりわいが成立して
里地の風景は守られてきました。
竹林を宝の山に還すには・・・・
見渡すかぎりの竹林に気が遠くなりそうでした


100万人のキャンドルナイト2009in徳島

090621_205507.jpg
 
今年も中心市街地商店街にて開催
キャンドルの灯りに心もエコ・・・


生まれてくれてありがとう

緑園の天使.jpg
 
 
 
エリザベス・テイラーが少女のころに主演した映画『緑園の天使』。
イギリスの小さな町に住む馬好きの少女ベルベット(テイラー)とその家族の物語だ。
イギリス第一の競馬大会、グランド・ナショナルに愛馬を出場させることを夢見る娘
ベルベットを母親は温かく見守る。
やがて大会がせまり、思いもかけぬことが待ちうけていて・・・。
 
母親を演じたアン・リヴェールがオスカーの助演女優賞を受賞した
1945年のこの米映画は、家族の成長を見事に描いていて、
日本でもファンの多い作品ではないだろうか。
 
しっかり者で夫を上手にコントロールしながら、
子どもの個性を花ひらかせる母親の姿は、国や時代を超えて私たちの胸を打つ。

 
 
 
さて、そのような母親の素晴しさを思い出させてくれるニュースが飛び込んできた。
アメリカで開かれたバン・クライバーン国際ピアノコンクールで
日本人ピアニストの辻井伸行さんが優勝したのだ。
 
辻井さんは生まれたときから目が見えなかった。
2歳のころ、お母さんが台所で口ずさむ曲をおもちゃのピアノでそっくり弾いたそうだ。
その音楽の才能に気付きピアノを本格的に習わせることにした。
けっして強制はせず、自由に楽しみながらピアノを弾くことを覚えていった。
その後の活躍は新聞やテレビの報道の通りである。
 
20年前、両親は「生まれてよかったと思ってくれるだろうか」と悩んだ。
そして今、母は「私に生まれてきてくれてありがとう」と感謝する。
親の愛が子どもの才能を開花させたのである。
できるものなら、この言葉を全ての親たちが口にできるような
世の中になって欲しいと心から思う。
 
 
『緑園の天使』の母親はこう娘に語りかける。
 「大切なのは勝敗よりどう戦うかよ。そして時がきたら次に進むの」
 「次に?」
 「そう、それぞれを楽しんで次へ。恋に落ちたり、そして死ぬことも。
  すべて順番にやってくるの」。
 
辻井伸行さん20歳。
音楽の喜びを私たちに伝え続けてくれるだろう。
人生のその時その時を楽しみながら。
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 6月 13日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


生物多様性って何?

 
 
思いがけず「ぞめき」の宴に参加できることになった。
 
徳島に住んで45年になろうとしている。
信州育ちには海かと見紛うばかり広大な吉野川。
川面に落ちる夕陽に感動した。
「悠揚流れ往く吉野川に静かに釣り糸を垂れることもできます!」
と結婚通知に書いた。
水に跳ねた銀色の魚の鮮やかさ、吉野川が故郷になった瞬間。
 
徳島で生き生かしてもらいつつ、常に自立した市民でありたいと
身近に起きる環境の問題には真っ直ぐに一途に向き合ってきた。
思いを言の葉に乗せてお伝えできれば幸いである。
 
WWF.jpg
                                      Image by WWF Japan

今日の取って置きは、
地球に生きる生命の条約すなわち 「生物多様性条約」 のこと。
 
なになに? 
来年名古屋でCOP10開催? 
で、徳島で何か始まる? 
 
期待にお応えして「生物多様性って何?」のフォーラムを開く。
昨年立ち上げた「地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島」が主催。
温暖化により失われる生物の多様性は計り知れないと、今年の中心テーマに。
 
 
生物多様性って?
自分の言葉に置きかえようと思い描いていたら、
胎蔵曼荼羅図が思い浮かんだ。

曼荼羅図は集合と本質を意味するという。
生物の多様性とは、自然の摂理を中心に生きとし生けるものすべてが
その回りに集合している曼荼羅図ではないだろうか?
 
地球上につながるいのちは互いに支え合い、
私たちはその恵みを受けて暮らしている。
徳島は自然に恵まれていて、かえっていのちの愛しさに気づかない。
 
恵みは守らなければ危機と裏腹であることを真剣に考える時は今だと思う。

 
 
明日6月13日(日) 午後6時半からふれあい健康館2階会議室にて開催する。
 
講師の道家哲平さん(日本自然保護協会・東京)は、
生物多様性について右に出るものなしと言われる若きホープ。
各国の環境NGOや政府機関で作る国際自然保護連合とのパイプ役として
日本中を飛び回っている。
 
事前に吉野川の流域をたどり、実際にその恵みに触れ、
徳島の生物多様性を体感してもらう。
哲学出身の道家さんの目に、自慢の徳島はいかに映るのか楽しみでもある。
 
 
これから生物多様性をどう利用していくのか、
徳島での新しいうねりがはじまろうとしている。
 
 
 
2009年 6月 12日(金) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江


遊び心

090531_1832~0001.jpg

090601_2300~0001.jpg

二つのものがあると比較したくなりますが、回りのものを見ていて
ふと遊び心が湧いてきました。

秤の上の玉ねぎ親子の会話
 ”ねえお父さん、ぼくも大人になったらお父さんのように
筋肉もりもり、おひさま色になるかな?”
(実は同じ日に植え付けた同級生玉ねぎで、
重さは870グラムと17グラム。なにこの差)


そっぽを向いたクマと。。。
 ”I’m so sorry for eating your biggest salmon。”
(実はフィンランドの木製のクマとアメリカインディアンの彫った
クマを並べると、平謝りし片やもう絶交だなんて言っている
かに見えません。)   Goko


▲ページのトップへ戻る


サイドナビゲーションエリア

SATOYAMA SNS 里山を語るコミュニティ

ログインe-mailアドレス、パスワードを入力

カテゴリー

バックナンバー

最近の記事

最近のトラックバック

RSS 2.0 ATOM 0.3

お問い合わせ

NPO法人 里山の風景をつくる会
〒770-8055
徳島市山城町東浜傍示28-53
TEL:088-655-1616
FAX:088-655-1632
E-mailinfo@enjoy-satoyama.jp

▲ページのトップに戻る


フッターエリア


Copyright©2006 Meeting that makes scenery of hometown mountain.All Rights reserved.