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里山エッセイ



六月

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梅雨空の間から強い夏の日差しが顔をのぞかせる。
三年前に亡くなった茨木のり子さんに『六月』という詩がある。
 
  “どこかに美しい村はないか
   一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒(ビール)
   鍬(くわ)を立てかけ 籠を置き
   男も女も大きなジョッキをかたむける”
 
男と女がともに働き、そして汗をぬぐいながら農作業のあとのビールを楽しむ。
今どきの屋上ビアガーデンでは詩のような情感にはならないだろう。
やはり緑あふれる美しい村が似合っている。

 
 
茨木さんはエッセイ『はたちが敗戦』の中で、男と女のことを次のように語っている。
 
「たとえば戦争責任は女には一切関係ないとは到底思えず、
日本が今尚ダメ国ならばその半分の責任は女にあるというふうに」
 
 
さて『六月』の詩はこう続く。
 
  “どこかに美しい街はないか
  食べられる実をつけた街路樹が
  どこまでも続き すみれいろした夕暮は
  若者のやさしいさざめきで満ち満ちる”
 
美しい街は何も特別なものでなくてもよいのだ。
雨と太陽にあらわれた街路樹がキラキラと輝き、夕暮れの空が澄みわたり、
若者たちがさわやかに語りあうことができれば。
 
詩の最後はこう結ばれている。
 
  “どこかに美しい人と人との力はないか
  同じ時代をともに生きる
  したしさとおかしさとそうして怒りが
  鋭い力となって たちあらわれる”
 
同じ時代をともに生き、ともに笑い、そしてともに怒る。
それができる仲間がいることが人生の幸いであろう。
そしてそのような自立した自由な人と人、男と女が力を合わせて
美しい時代をつくることができれば・・・。
 
 
青春のいちばんきれいだったときを戦争に奪われた茨木のり子さん。
その悔しさと、そしてそれが故の新しい時代への思いが伝わってくる。
このような思いを私たちはいくらかでも受けつぐことができているであろうか。
 
強い日差しと野をうるおす慈しみの雨。生命が輝きわたる夏至のころの季節。
六月生まれの茨木のり子さんはこんな六月が大好きだったのだろう。
 
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 6月 29日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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