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里山エッセイ



棚田と水源と虹の橋

                            吉野川の源流
IMGP6399.jpg
 
 
豊葦原瑞穂の国大和と言う。
3500年の稲作の歴史を持つ豊かに穀物の実る島とは、
古事記や日本書紀を持ち出すまでもなく、
天まで届くような棚田に立って自ずと実感した。
 
7月の風が吹き渡り、
今まさに稲穂をはらまんとする葉の重なりは
濃い緑のじゅうたん。
側溝を流れる水は澄んで冷たく
一面の棚田を潤している。
この水はどこで生まれる?

 
 
ここは高知県土佐町、
早明浦ダムのあるれいほく地方の真中に位置して、
森と水のまちを標榜する。
この度(自然派)生協が企画した
「水源の森と棚田ツアー」に参加した。
大阪から徳島から大勢が参加し、
大人も子どもも見事な棚田に感動、
改めて吉野川の「川上と川下を結ぶ物語」を思い起こした。
 
 
吉野川源流域で米を作るからには農薬は使うまい!
たった3人の農家が固い決意で始めた米作り、
その米を「源流米」と名づけて25年が経つ。
 
吉野川に落ちた「源流米」というひとしづくの波紋は、
今や30軒を越える地域全体の農家にまで広がった。
標高600mの棚田は昼夜の温度差が大きく、
昼間の強い太陽で作られるでんぷんは、
冷たい夜に稲に貯えられ粘りと甘さの元となっている。
 
 
今回ツアーの目玉は棚田を潤す水源をたずねること。
渓谷の水音を耳に、くねくねと細い山道を上る。
軽トラの荷台に分乗して
大人も子どもも、原生林を行く探検隊。
棚田から約6キロ、谷神に迎えられて水源の鍋割谷に到着。
ここは別天地、ひんやり涼しく香る風と空気。
 
清冽な音を立てて谷間から流れ落ちる水の音、
苔むす岩、
手に掬って口に含むと甘く広がる水の精気。
多量のミネラル分を含んでいる。
「源流米の田んぼは飲んでも平気な水で作っている。」
と聞いているが、確かにと思う。
地下のパイプを通って水田に届く。
 
 
源流米は一色の虹の橋。
源流米の運動は、水が生まれる水源の森の大切さを気づかせ、
まちに暮らす私たちが木を使う運動へと発展した。
虹の橋は二色になった。
 
さらに、土佐町に出来た「有機の学校」は有機農業の拠点となり、
今徳島でも、地道に広がりつつある有機農業を育てる動きに
つながっている。
虹の橋が七色に輝く日まで、
つながりの物語にかかわり続けたいと思う。
 
 
IMGP6344.jpg
 
里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
2009年 7月 25日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
 


腹時計のセンス

colum117 腹時計のセンス.jpg 
 
 
昔から腹時計にはいささか自信がある。
15分ぐらいの誤差で、時間が分かるのだ。
絶対音感というのがあるそうだが、私の場合は“絶対時感”。
体内時計の感度がいいのであろう。
 
朝起きるのも、明日は何時に起床すると心に念じておけばその時間に目が覚める。
旅行などでどうしても朝早く起きなければならない場合、
家中を探して目覚まし時計をセットすることがある。
しかし、たいていというか必ず15分前には目が覚めて静かにセットを外すのである。

 
 
実は私にはもうひとつ独特の感覚がある。
自分の今居る場所がどこらへんかがわかるのである。
“絶対場感”とでもいうのであろうか。
 
京都で学生時代を過ごしたので、比叡山と鴨川さえインプットしておけば
自分の居る場所が分かるし、目的地にも迷わずたどり着ける。
もっとも京都の場合、「河原町五条下ル東入ル」なんて住所なので、
よっぽどの方向音痴でもないかぎり迷うことはないのであるが。
 
 
で、私のこの独特の感覚が何なのかが最近分かった。
つまりは人間ナビゲーションなのである。
ある場所に行くのに、どの方向に何時間進めばたどり着くのかが直感できる。
初めての町を旅行するときなど、これはとても便利である。
 
しかし、この能力というか感覚は、
車にナビを搭載するようになってからはほとんど無用となった。
おまけにケータイ電話を持つようになってからは
自慢の腹時計のほうもお役御免となってしまったのだ。
機械の進歩は、確実に人間の感覚を鈍化させるということを
身をもって証明したことになる。
 
 
ところで、無敵を誇る最新のナビでも、
このコースの方が景色のいい道を走って
気持ちよく目的地に着けるなどまでは指示してくれない。
ましてや、昔の平安びとがした「方違え(かたたがえ)」などは最も不得意である。
つまり、あえて別の方向に向かったあと
目的地をめざす方が縁起がいいなどという芸当は、
人間の感性や霊感抜きでは無理なのである。
 
 
という分けで、というかいよいよ近々衆議院選挙が行われることになった。
 
今現在の日本の状況をきちんとインプットした上で、
どの目的地にどのコースを通ってたどり着くのか、
その感度とセンスが問われる選挙となるであろう。
 
鈍くなった体内ナビの点検を今一度しなくては。
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 7月 15日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


ふたたび宝の山に

 
 光る地面に竹が生え、青竹が生え、・・・地上に鋭く竹が生え、
 まっしぐらに竹が生え・・・竹、竹、竹が生え、
と歌ったのは萩原朔太郎だった。

 
さわやかな青竹のイメ-ジにぴったりなのだが、しかし、しかし。
竹が生え過ぎではないか。
先日乗った博多から岡山までの新幹線沿い、竹林が次々と流れていった。
徳島でも、どこもかしこも竹林が広がっている。
手入れされない里山の象徴、モウソウチクにハチクにマダケいずれとも知らぬが、
1年で2m近くも地下茎を伸ばすというから、日本中に竹やぶが広がってしまいそう。
 
 
先日タケノコの里小松島市櫛渕町を訪ねてから、
にわかに竹のことが気になっている。
 
ヤマモモとミカンとシイタケの里櫛渕には、格別の思い出もある。
 
「南北朝論争」や「法隆寺再建論」で有名な喜田貞吉博士の生まれた所であり、
亡くなった父親から「ぜひ訪ねてみよ」と言われていて、6月末に実現した。
 
 
案内されて山へ山へ、竹林はいずこ?と・・・ただただ驚くばかりの光景が現れた。
行けども行けども続く太い竹林は、日の光も指さず、風も入らず、
闇の世界に迷い込んだよう。妄想ならぬ孟宗竹林。
 
ここは昔、といってもごく最近まで宝の山だった。
京阪神市場に「朝掘り新鮮タケノコ」として多額の売り上げを誇ったが、
中国産のタケノコに価格競争で押され、高齢化が追い討ちをかけ、
タケノコ山は荒れ、今は往時の3分の1の売り上げになっているという。
しかし、品質のいいタケノコ山を守るには、農地と同じように
「肥料をやり草を取り、虫を退治し、追肥もして、親竹が更新する、何より間伐が大事」
という伝統がすぐそこまで続いていたのだから、
土地の人たちは元気を出して地域産業としてのタケノコ山の復活を!
と張り切っている。

 
見渡す限り広がる田園風景は、
環境を考えたブランド米「ツルを呼ぶお米」の水田、
水田を潤す栄養に富んだ水のためにも、
水源のタケノコ山を復活させようとの強い願いもあろう。
実際に櫛渕で頑張る人たちの話も聞いた。
 
荒れ果てた竹林がふたたび宝の山になるように、
彼らの努力が実を結べと祈りつつ竹林の山を降りた。
 
 
 
2009年 7月 9日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江


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