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里山エッセイ



ふたたび宝の山に

 
 光る地面に竹が生え、青竹が生え、・・・地上に鋭く竹が生え、
 まっしぐらに竹が生え・・・竹、竹、竹が生え、
と歌ったのは萩原朔太郎だった。

 
さわやかな青竹のイメ-ジにぴったりなのだが、しかし、しかし。
竹が生え過ぎではないか。
先日乗った博多から岡山までの新幹線沿い、竹林が次々と流れていった。
徳島でも、どこもかしこも竹林が広がっている。
手入れされない里山の象徴、モウソウチクにハチクにマダケいずれとも知らぬが、
1年で2m近くも地下茎を伸ばすというから、日本中に竹やぶが広がってしまいそう。
 
 
先日タケノコの里小松島市櫛渕町を訪ねてから、
にわかに竹のことが気になっている。
 
ヤマモモとミカンとシイタケの里櫛渕には、格別の思い出もある。
 
「南北朝論争」や「法隆寺再建論」で有名な喜田貞吉博士の生まれた所であり、
亡くなった父親から「ぜひ訪ねてみよ」と言われていて、6月末に実現した。
 
 
案内されて山へ山へ、竹林はいずこ?と・・・ただただ驚くばかりの光景が現れた。
行けども行けども続く太い竹林は、日の光も指さず、風も入らず、
闇の世界に迷い込んだよう。妄想ならぬ孟宗竹林。
 
ここは昔、といってもごく最近まで宝の山だった。
京阪神市場に「朝掘り新鮮タケノコ」として多額の売り上げを誇ったが、
中国産のタケノコに価格競争で押され、高齢化が追い討ちをかけ、
タケノコ山は荒れ、今は往時の3分の1の売り上げになっているという。
しかし、品質のいいタケノコ山を守るには、農地と同じように
「肥料をやり草を取り、虫を退治し、追肥もして、親竹が更新する、何より間伐が大事」
という伝統がすぐそこまで続いていたのだから、
土地の人たちは元気を出して地域産業としてのタケノコ山の復活を!
と張り切っている。

 
見渡す限り広がる田園風景は、
環境を考えたブランド米「ツルを呼ぶお米」の水田、
水田を潤す栄養に富んだ水のためにも、
水源のタケノコ山を復活させようとの強い願いもあろう。
実際に櫛渕で頑張る人たちの話も聞いた。
 
荒れ果てた竹林がふたたび宝の山になるように、
彼らの努力が実を結べと祈りつつ竹林の山を降りた。
 
 
 
2009年 7月 9日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江


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