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里山エッセイ



菊花の約(ちぎり)― 総選挙に思う

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                  雨月物語 〔菊花の約〕(石田彰朗読CD) より
 
 
 
「青々たる春の柳、家園(みその)に種(うゆ)ることなかれ。」
 
上田秋成作『雨月物語』の中の「菊花の約」の出だしである。
軽薄な人とは交わってはいけない。
柳は茂りやすくても秋の風に耐えることはできない。
軽薄な人は親しみやすいが去るのも速やかだ。
柳はそれでも春が巡ってくれば葉を美しく染めるが、
軽薄な人は二度と訪ねて来ることはない・・・と続く。
 
儒学者の左門と軍学者宗右衛門の二人の友愛の物語。
旅先で病に苦しむ宗右衛門を一心の介抱で助けた左門、
二人は不思議に気心が合い、兄弟の約をかわす。
回復した宗右衛門は、
重陽の節句(旧暦の9月9日)には必ず帰ってくる、と言い残し旅を続ける。
 
やがて約束の日となり、菊の花を生けて待つ左門であるが待ち人は現れない。
夜になり戸を閉めようと外に出ると、
おぼろげな影の中に人が見えて、それが宗右衛門であった。
「実は自分はもうこの世のものではありません」驚き訳を聞く左門。
城主に幽閉され約束の日に帰れなくなってしまい、
魂ならば一日に千里をという古いいいつたえを思い出し、
自刃して約束を全うしたのだと語る宗右衛門。
 
左門は翌日、宗右衛門の死んだ出雲に向かい、無念の友の仇を討つのであった。
かくも友愛の情は深いものであろうか、
兄弟の信義の篤さを語り、「菊花の約」は結ばれている。
 

 
さて、昨日投票された総選挙。
民主党の大躍進で政権交代という展開になった。
 
民主党の揚げたマニフェストには注目すべき点がいくつかある。
一つは「環境に優しく、質の高い住宅の普及を促進する(マニフェスト44)」。
具体的には「建築基準法の抜本的見直し」であり、
「木材住宅産業を“地域資源活用型産業”の柱とし、推進する」としている。
大手のハウスビルダーやゼネコンの利益を優先させたこれまでの建築基準法から、
住まい手主体、そして伝統工法を守る地域の工務店や職人を生かした
住宅政策に転換することを約束している。
 
もう一つは「市民が公益を担う社会を実現する(マニフェスト34)」。
具体策として「NPO、NGOの役割の評価であり、連携の強化」である。
マニフェストは国民との大切な約束である。
どうしても守ってもらわなくてはならない。
 
そして、自民党のマニフェストにある「食料自給率50%」、
「国産木材利用率50%」さらに
「美しい自然と生物多様性の保全 ― 里地、里山、里海の美しい森や水辺を守る」
なども政党を超えた大切なテーマである。
 
私たち市民としても、投票すれば終わりなのではなく、
ちゃんと花が咲くように水をやり、こやしを施して育てていく気概が必要であろう。
 
 
約束(マニフェスト)を果たせないのなら一命を賭してでも・・・、
それぐらい真剣に取り組まないとこれらの約束を守ることはできない。
そして政治への信頼を取り戻すことも不可能であろう。
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 8月 31日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


アンケ-ト結果を生かしたい!

 
 
「この国のかたち」が問われる衆議院議員選挙日が近い。
この本の著者司馬遼太郎は地下でどんな感慨にふけっているだろう。
歴史、文化、思想、哲学あらゆる分野にわたり
優れた日本人論を築き上げた司馬遼太郎、
彼にあやかり、揺るがぬ理想の「この国のかたち」を作りたい。

 
 
「地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島」が実施した
アンケ-ト結果を判断材料の一つとしてぜひお伝えしたい。
候補者14人の内「答えない」と答えた一人を含め4人が未回答、
未回答は選挙の前から国会議員の資質失格ではないか。
10人の答えに候補者の環境問題への真剣度の差異を実感したが、
回答にて私たちに宣言した「約束」を守って欲しいものである。
 
 
温暖化対策については、
「京都議定書の目標を達成し、上昇気温を2℃に抑えるため、
IPCCが示す大幅削減に沿った目標を設定し、
それを実現する経済の仕組みがすぐに必要であり、
削減を法制化すべき」との回答が党派を問わず大半であった。
反対に
「日本に不利な約束なので、京都議定書を守れなくても仕方がないし、
大幅削減は必要なく、法制化は慎重にすべきである」と答えた複数の候補者もあり、
そのような候補者に果たして国政を任せられるものかと思案してしまう。
 
 
生物多様性については関心の度合いが大きく別れていた。
自然に恵まれている徳島であるからまだまだ切迫感が薄いのかもしれないが、
生物多様性が失われつつある現状は徳島でも同じである。
命の恵みをもたらす生物多様性の問題はすべての生存権を保障する基本であり、
命を慈しむ事のできない政治家に一票は投じたくない。
 
 
自分の言葉で決意を語っている候補者の回答に共鳴、要約して紹介したい。
「日本の生物多様性を守ってきたのは第一次産業従事者、
すなわち山林を守ってきた林業家、
里山・田畑を守って来た農業家、海を守ってきた漁業家である、
従って彼らを守ることが国土国民を守り継ぐことに直結する」
 
「最大の排出源である産業界の削減のため、
公的削減協定など義務付ける必要がある」
「日本の技術力を高め、それらを最大限に活用する」
 
 
アンケ-トの全回答は
NPO里山の風景をつくる会のホ-ムペ-ジに掲載している。
(http://enjoy-satoyama.jp/)                  
 
さてあなたの選択は?
 
 

 

 
 
 
里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
2009年 8月 25日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


夏をいただきます~とっておきのひんやりスイーツ~

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今日は8月の住まいかたセミナーの日。
こんな暑い日にひんやりスィーツは最高でした。
シェフは、クリスマスパーティ以来のミドリーヌさん。

参加された皆さんのご感想は・・・
「こんなおいしい杏仁豆腐、食べたことない!」
「ルバーブソースがいい仕事してる」
「詳しいレシピが知りたいワ」

そこで、ご要望にお答えして、レシピをご紹介しますね。

↓こちらをクリックするとファイルを閲覧・ダウンロードできます


ダウンロードしたファイル

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私はやっぱりフランボワーズのムースケーキが一番でした。
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緑のカーテン

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あさがおを育てました。

小学生以来、実に久しぶり。
紫、赤、薄桃、白の4色です。
一日しか咲かないから
毎朝違う、緑のカーテンです。

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ふるさとに還る

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パリを流れるセーヌ川に80年ぶりにサケが戻ってきたという。
 
昔、セーヌ川にはサケが普通に泳いでいた。
パリは北緯49度で、北海道の稚内よりまだ北なので
サケが泳いでいても何の不思議もないのである。

 
ところが20世紀に入り、
工場排水や生活排水によりセーヌ川の水質が著しく悪くなった。
サケの姿もいつしか消えてしまった。
15年ほど前から浄水施設の整備などを進め、
セーヌ川の水質はかなり改善された。
昨年は260匹の天然のサケが確認され、
今年は1000匹を越えそうだとパリっ子の話題になっているとのこと。
 
サケの遡上といえば、
4年前の8月に北海道の千歳川の河畔を散策した時のことを思い出す。
その年は例年よりサケの遡上が早いということで、
白樺林の間を抜ける川の水面はサケにおおわれていた。
どっちが川下なのか分からない。
水は上流の方に流れているのではと思えるほど、
一群のサケが上流に向かって泳いでいるのであった。
 
サケは4年間海で過ごし、やがて生まれた川に産卵のために帰る。
セーヌ川へ戻ってきたサケは、なんと20世代ぶりの帰還ということになる。
百年河清を待つ、という言葉があるが、それを地でいったような話だ。
川がきれいになれば、魚はふるさとのことを思い出してくれるのである。
はたしてわたしたち人間はどうであろうか。
 
 
さて、我がふるさとの徳島では、ちょうど今阿波踊りの真最中である。
娘が初孫を連れて帰ってきたので、いっしょに藍場浜の桟敷で阿波踊りを見た。
 
このごろは勇壮ではあるがカネ、太鼓のパフォーマンスが過ぎて、
大味・単調になってしまった阿波踊りを少し残念に思っていた。
しかし、どうだろう、三味線やふえなどの鳴物も多く見かけるし、
全体としてしみじみと味わいのある踊りである。
娯茶平連や殿様連などの正調阿波踊りのぞめきは、
子どもの頃に踊った懐かしいリズムであった。
 
次から次へと現れる踊り子たちのしなやかな動きを見ているうちに、
かつて見た千歳川のサケの遡上が幻のようによみがえった。
川をきれいにし、町を美しくしていけば、やがて人はふるさとに戻ってくるのだろうか。
あのセーヌ川や千歳川のサケのように・・・。
 
新町川の柳をゆらす川風をあびながら、
ぞめきの快い響きの中で、そんなことをわたしは考えていた。
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 8月 17日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


8月に書く

戦争は嫌だ。戦争をしてはいけない。
父が亡くなって15年、今母を送ろうとしている。
徳島の8月はぞめきの夏、待ちに待った阿波踊りが訪れるが、
黒い雨の降った灼熱地獄と、地獄の果てに迎えた終戦が8月であるがゆえに、
父と母のたどった人生も多くの人に通じるものとして、書いておきたいと思う。


昭和12年12月雪明りの信州に父と母は二人だけの結婚式をあげた。
学者を志していた父は、戦時下それは適わぬ夢となり、
仙台から長野に移り教職についていた。
昭和13年9月15日、応召の通知は突然に来た。召集令状は何人も拒む事は出来ない。
身重の母を残し慌しく父は出征した。
石垣の上から泣き崩れて見送ったという若い母の心中が悲しい。
 
10月私は生まれ、以来足掛け8年間父は帰らなかった。
その間愛媛へ仙台へ長野へと転々としつつ、母は苦労に苦労を重ねて私を育てた。
昭和20年8月15日終戦、秋10月のある日、突然何の知らせもなく、
浮浪者のような姿で父は帰った、帰らぬ父が幾多と聞けば帰還は幸いというほかはない。
本土から南方戦線へ、暗号兵として転々とした挙句、
原爆投下の前日8月5日に宇品に帰還、即日移動、
終戦直前には種子島で、部隊全員が自爆するために墓穴を掘っていたという。
生前には決してこれらのことを語らなかったが、
残された軍隊手帳や、日記や、自伝の原稿から父の体験を知った。

終戦後兄妹は4人となり、極度の食糧難の時代に母の苦労は計り知れない。
大正4年から95年、20世紀から21世紀へと二つの世紀を生きてきた人の頸さ、
大正デモクラシ-の風靡する時代に青春時代を過ごし、通訳として英語に堪能、
「人生に悔いなし、私の人生はワンダフルライフだったよ」と言い切る。
父は教職の場から多くの人を世に送り出したが、母もまたたくさんの人を育てた。
あからさまに「戦争反対!」と唱えたわけではないけれど、
人が人として幸せに暮らせる生き方を示し続けてきた。

これを書きながら、次の言葉が鋭く私の胸を打つ。
「戦争とは、はたして<異常>なできごとなのだろうか?
私たちのこの<平和>な<日常>が、そのままのっぺらぼうに、
戦争に通じているのではないだろうか?
(彦坂諦著 「ひとはどのようにして兵となるのか」) 
今年の8月は選挙の月でもある。次代のことを真剣に考え、核兵器を廃絶し、
戦争をしてはならない、という人たちに政権を託したい。

里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
2009年 8月 10日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


廃市

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「・・・さながら水に浮いた灰色の棺(ひつぎ)である。」 (北原白秋『おもひで』)
 
それは7月の終わりから8月にかけての一夏の出来事であった。
卒業論文の執筆のためにある町で過ごすことになった
青年の手記の形で物語が進んでいく。

 
福永武彦の小説『廃市』は、
福岡県の柳川と思われる堀割のめぐらされたある架空の町を舞台にしている。
町そのものが水の中に沈んでいくような古い町の旧家の美しい姉妹の物語である。
福永は、柳川のとなりの町の生まれだが一度も柳川を訪れたことはない。
柳川出身の詩人、北原白秋の写真詩集『水の構図』に写された柳川を眺めて
この物語を生み出したという。
 
この小説を映画化したのが大林宣彦監督。
もう10数年も前のこと、貞光町(現つるぎ町)で町を上げて映画祭をやっていた頃、
大林宣彦映画祭で初めて『廃市』を観た。
しっくいと重層うだつの古い町並みとこの映画の雰囲気が
妙に解けあっていたのを思い出す。
 
『廃市』は、大林監督が16ミリフィルムで自主制作したもので、
彼の他の商業映画が全て忘れ去られたとしても最後まで残る作品だと思う。
主人公の安子を小林聡美、そして義兄の直之を昨年亡くなった峰岸徹が演じている。
ふたりとも他の人では考えられないぐらいはまり役である。
特に峰岸徹は、そのあやうい色気が匂い立つようだ。
 
人は自分でも知らないうちに人を愛している。
気づいたときにはもうその人はいない。
そして二度とその時間を取戻すことはできない・・・。
 
『廃市』は滅びいく美しい町と、そこに生きる男女の哀しい愛を心にしみるように、
そしてミステリアスに描いている。
水天宮の夏祭りの夜、
掘割に浮かぶ船舞台で演じられる歌舞伎芝居は幻のように美しい。
 
 
福永武彦は結核や胃潰瘍などに一生苦しみ、
61歳で亡くなるまでに26回もの入院や療養をくり返した。
名作『草の花』などに結核療養所での生活が描写されている。
大林宣彦監督はこの長編小説『草の花』を
一言一句そらんじる程福永文学を愛していた。
そして念願の福永文学初の映画化を『廃市』で試みたのであった。
 
人の生は、淀んだ運河(死)と表裏一体であり、
だからこそキラキラと美しい光を映し出すことができる・・・。
 
映画『廃市』は福永武彦の文学のテーマを見事に描き出している。
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 8月 3日(月) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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