ヘッダーをスキップ

ヘッダーエリア


コンテンツエリア

里山エッセイ



おせち

IMG_3453.jpg
 
 
「○○出版社ですが・・・」
 
あっ、また本の営業の電話だなと思い、
もう本を置くスペースなど、これっぽっちも無いので
けっこうですと言いかけた。
 
すると、
「実はお願いがあるんです。
NPO法人里山の風景をつくる会のホームページに出ている
『おせち』の写真を使わせてくれないでしょうか」と言う。

 
小中学生用の教材として昭和のくらしと文化についての本を出版するのだが、
おせち料理のいい写真がなくて困っていた。
たまたま見つけたのがその写真で、
年代もののうるし塗の重箱にいっぱいに盛られたおせち料理を見て感動した、
ぜひその写真を使わせて欲しいと言うのだ。
 
それは、私も印象に残っている写真で、
「里山エッセイ」という欄に2年前のお正月に投稿のあったものだ。
早速、そのおせち料理をつくった友人のMさんに連絡をとった。
 
 
 
Mさんのお宅には、幕末~明治くらいの重箱が残っていて、
どんなに貴重なものでも、道具は使ってこそ価値があるというMさんの考え方で、
どんどん利用しているとのことであった。
 
Mさんはお茶や百人一首、源氏物語などを学び楽しむサークルを主宰したり、
近江八幡や鞆の浦などの歴史文化都市を訪れる旅を続けている。
季節に合わせた着物姿で会合に出席したりする方で、
生き方そのものが日本文化ともいえる女性である。
 
そのおせち料理も、金や赤、黒に塗られたうるしの重箱に、
黒豆やごまめ、竹の子、こんぶ巻、えび、かまぼこなどが色とりどりに盛られた、
それはみごとなものであった。
 
 
 
おせちは、御節とも書かれ、節句につくられる料理である。
特にお正月に備えて用意されるお祝いの献立で、
手づくり料理の代名詞ともなっている。
 
そのおせちを入れる重箱に塗られるうるしは、
別名ジャパンとも呼ばれ、日本文化を象徴する工芸である。
酸やアルカリにも強く、最高級の塗料として、
蒔絵や家具、什器につかわれてきた。
今や、使い捨て時代のシンボルであるプラスチックに取ってかわられ、
漆器そのものにふれる機会も本当に少なくなった。
しかし漆黒の闇とも言われるように、
うるしの深い味わいは、何にも代えがたい魅力がある。
 
 
 
新しい年は、日本文化の魅力にふれることから始めたい。
うるし塗りのお重に入った、手づくりのおせち料理をいただきながら、
新年を祝いたいものである。


時は巡りて

 

 
 
「10年目の123」というイベントが開かれようとしている。
 
2000年1月23日、
それは吉野川第十堰を残しておきたい!という
強い思いを実現するために、住民投票が行なわれた日だった。
 
結果90%の市民が「残しておきたい意思」を高らかに示した。
あの日が未だ脳裏に鮮明な人にも、かすかに記憶している人にも、
聞き及んだことのない若い人にも、同じく時が流れて2010年1月23日が来る。

 
 
吉野川を愛した人々の上に、この10年はいかに流れていったのか。
 
川上から川下につながるいくつかのNPOが生まれた。
「緑のダム」の提言、源流域の杉の木を使った家づくり、
植樹を続ける「千年の森」活動、流域の恵みを育てる有機農業、
河口干潟の貴重な価値を問い、
進む公共事業との迫めぎ合いに心痛める見守り隊もある。
吉野川で育った元気な川ガキは9期を数え、今や300人が全国に巣立った。
194キロの流域が元気に満ちつつある。
 
 
 
弁護士で法政大学教授の五十嵐敬喜さんに
イベント第一部の基調講演を快諾して頂いた。
 
五十嵐さんには格別に深い思い入れがある。
「美の条例-いきづく町をつくる」「美しい都市をつくる権利」
「美しい都市と祈り」の3冊を読み感動したからである。
これらはまちづくりのバイブルだと思う。
公共事業に限らず、常に新しい権利主体を唱え続ける五十嵐さんの
人間哲学が聞けるに違いないと期待が膨らんでいる。
 
第二部に出演の川ガキたちは全国から馳せ参ずるという。
加藤登紀子さんと歌うその歌声は人々の心に響き、
前回(2003年流域シンポ)生まれた絆が10年を経て今日に至り、
また新しいヒューマンチェーンを綾なすだろう。
 
 
 
「10年目の123-第十~流域~民主主義-」、
徳島に根付いたか民主主義、それが問われている。
奇しくも 政権交替という世紀の節目にも立ち会っている。
 
まずはこれから先の10年、
私たちの吉野川を未来へとつなげていくにはどうしたらいい?
それを楽しく考えよう!というイベントである。
 
2010年1月23日会場の教育会館いっぱいに人が溢れるだろう。
チケットは間もなく販売され徳島駅前の小山書店などで扱う。
 
(連絡問い合わせは
NPO法人吉野川みんなの会 電話088-621-9200)へ。
 
 
 
 
 
里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
2009年 12月 15日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


“里山”の発見

column125 里山の発見.jpg
 
 
言葉が与えられることにより、それまで気に留めなかったものが輝き始める。
 
「里山」という言葉に、私はそんな不思議な力を感じる。
子どものころから見なれていた風景が、この言葉を得たことにより普遍性をもち、
魅力あるものとして輝き出したのである。

 
この言葉の生みの親で、日本の森林生態学の草分けであった
四手井綱英(しでいつなひで)さんが亡くなった。97歳であった。
 
四手井さんは、母校京大の農学部で教えるようになった1954年、
それまで「造林学」といっていた講座を「森林生態学」に改めた。
人間が主体となり森を管理することから、
木々や多様な生物が共生する森へ、とのイメージの転換であった。
 
1960年代に「里山」という概念を提案する。農山村の人たちが
薪を採取するなど生活を支える近くの山を「里山」と名付けたのだ。
「奥山」や「山里」という言葉はそれまでもあったが、
「里山」は四手井さんの造語である。
今では広辞苑にも載っていて、
「人里近くにあって、
その土地に住んでいる人のくらしと密接に結びついている山・森林」
と説明されている。
 
四手井さんは、人と植物、動物との共生ワールドであり、
日本の原風景ともいえる「里山」の豊かさ、大切さに一早く気付いた。
そして、その保全に向けての取組みを提案している。
地球規模での環境悪化や生物多様性の危機が叫ばれている今、
もう一度四手井さんの思想を見直し、「里山」という言葉に込められた、
人と自然が共生していく知恵を学ぶべきであろう。
 
 
さて、私ごとであるが、
京都の知人から、数年間探していた土地が見つかったので、
建築家として意見を聞かして欲しいと連絡があった。
早速、滋賀県の琵琶湖の西にあるその土地を見せてもらった。
 
ゆるやかな東斜面の下の方に琵琶湖が見渡せ、
北西側には比良山系が広がる。
そしてなんと斜め隣は、陶芸家清水卯一(ういち)さんの工房「蓬莱窯」であった。
人間国宝の清水さんが、
自然の中で陶芸にひたるために探し求めた土地がここだったのだ。
感慨にふけりながらその話をすると、
知人は大喜びでその土地に住むことを決めたのであった。
 
私には、琵琶湖や比良山の眺めも良かったのであるが、
その辺りのたたずまいがとても気に入った。
古い民家や畑や林が点在し、
のどかな里山の風景が目の前に広がっているのであった。
 
 
 
 
 
建築家 野口政司   2009年 12月 05日(土) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


閑休小話 ことば

 
 
 「ことばは意味であり社会的事実である。」
 「生きたことばはその折々に人々の精神を反映する。」
 
近代言語学者のガーベレンツやソシュールはそう言ったそうな。
 
11月28日の本欄でも阿波弁が取り上げられていたが、
私も書かせていただく。
 
 
松山出身だった父親、国語の時間に生徒に「古事記」を教えようとして、
こじきと発音した途端にどっと笑い転げた腕白男児、
 「先生乞食って何ぞな? ここにはおらんぞなもし」。
坊ちゃん気取りでからかったとか。
 
家族相手に何度も何度も発音して練習していたが、
意味が通じなければ、やはり言葉学者としては失格だったかもしれない。

 
 
私も徳島に住んで郷里・長野と反対のアクセントに悩まされた。
標準語に近いからどこでも通じるはずなのに けげんな顔で聞き返される。
おまけに言い方がきつくて怒られているようだと不評。
原因は語尾をはっきりさせる言い切りの形にあるらしい。
 
 
徳島に来てびっくり仰天の表現が幾つかあった。
今では自分流に阿波弁も使いこなせるが苦手なものもある。
 
 はめる、がい、せられん、もえる、まがる、あるでないで、
 往(い)んでくる、かってくる、こうてくる、してかーよ・・・ 頭が混乱することも。
 
「あんたひどいでぇ」と言われた時には、すみませんごめんなさいと平謝り、
「お金はいらんけんかってきて」、買うのにお金いらない?
 
 
筆頭は、はめるだけれど馴れてしまえば合点。
 砂糖をはめる、茶碗にはめる、学校にはまる、役員にはまる、
絶妙な言い回しだと思う。
もっとも広辞苑を引いても徳島で使う意味合いは載っていないのだが。
 
 
グローバリゼーションの時勢にあって、
方言もまたその波間に消えつつあるという指摘もある。
しかし、忘れ去られていくものの中にこそ、
これから作り上げていきたい価値や物事の本質が含まれているのかもしれない。
 
 
愛すべき阿波のことばたち。
えっとぶり、ごめんなして、御寝なる、雑仕する など
美しい表現が消えてしまわないように大いに使ってみることにしよう。
そして、こんなに長く徳島に住んだのだから、
阿波の方言の由来やもっと広く徳島の文化全体を見渡してみたい。
 
 
 
 
 
里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2009-徳島代表  八木正江
2009年 12月 1日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


▲ページのトップへ戻る


サイドナビゲーションエリア

SATOYAMA SNS 里山を語るコミュニティ

ログインe-mailアドレス、パスワードを入力

カテゴリー

バックナンバー

最近の記事

最近のトラックバック

RSS 2.0 ATOM 0.3

お問い合わせ

NPO法人 里山の風景をつくる会
〒770-8055
徳島市山城町東浜傍示28-53
TEL:088-655-1616
FAX:088-655-1632
E-mailinfo@enjoy-satoyama.jp

▲ページのトップに戻る


フッターエリア


Copyright©2006 Meeting that makes scenery of hometown mountain.All Rights reserved.