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里山エッセイ



私の上に降る雪は

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  これが私の故里だ
  さやかに風も吹いている
  心置なく泣かれよと
  年増婦(としま)の低い声もする
 
  あゝおまへはなにをして来たのだと・・・
  吹き来る風が私に云ふ

 
詩人中原中也の故郷、山口市の湯田温泉町を正月休みに訪れた。
生誕地には中原中也記念館が建てられている。
すぐ近くにある高田公園は、井上馨の旧居跡につくられた小さな公園で、
そこに中也の詩碑がある。
冒頭の詩、「山羊の歌」の中の「帰郷」の最終部が彫り込まれている。
この字は中也の最大の理解者であり、
又恋敵でもあった小林秀雄の筆である。
 
公園の片隅にわき出る足湯温泉には、
何人かの少女たちが足を温めて楽しそうに語らっている。
しかし、中也の詩碑を眺めるのは私の他にはなく、
近くの山頭火の句碑とともに冷たい風に吹かれていた。
 
中原中也の詩といえば、10年前の1月23日、
吉野川の住民投票を取材した四国放送のドキュメンタリーのことを思い出す。
 
『私の上に降る雪は』と題されたその番組は、
民放連のドキュメンタリー賞を受賞している。
 

 
  私の上に降る雪は
  霙(みぞれ)のようでありました
 

 
「123」と書かれた黄色いプラカードを掲げて立つ
住民投票の会のメンバーの上に雪が降りつもる。
徳島で一番寒く、気候が悪い頃に投票日は定められた。
それが1月23日であった。
そして投票率が50%を切れば、開票しないという前代未聞の50%条項。
 

 
  私の上に降る雪は
  ひどい吹雪とみえました
 

 
このような中、町の辻々に黄色いポスターをもつ人たちがあふれ、
通りかかった車から手が振られ、激励のクラクションが鳴らされた。
 
可動堰推進派による不戦勝を狙ったボイコット運動などにもかかわらず、
投票率は55%、そのうち90%が計画に反対だった。
102,759名の人たちが反対に○をしたのであった。
 
その結果、可動堰計画は白紙棚上げとなった。
しかし完全中止の決定までには至らず、
10年後の今日まで、住民の意思は宙に浮いたままとなっている。
 
この1月23日に「10年目の123」が開かれる。
今度こそ10万人の意思をかたちにする機会としたい。
吉野川の未来を共に語り合うためにも。
 
 
  これが私の故里だ・・・
  あゝおまへはなにをして来たのだと・・・
  吹き来る風が私に云ふ
 
 
 
 
 
建築家 野口政司   2010年 1月 13日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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