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里山エッセイ



『葬送』 ― ショパン生誕200年

2010.02.25 No.131 「葬送」.jpg
 
 
 「その美質は、奏でられる調べの一音々々から馥郁(ふくいく)と立ち昇って
  客席のすべての人間を恍惚とさせた。
  胸を締めつけるような憂鬱も、寂寥(せきりょう)も、悲哀も、
  どの一つを取ってみてもそうした薫りを帯びていないものはなかった。
  即ち気品であった。・・・何という香気。何という陰翳(いんえい)!」
                                 (平野啓一郎『葬送』)

死を一年後にひかえた1848年2月16日、
フレデリック・ショパンは、パリで演奏会を開いた。
公の場でピアノを演奏するのは6年ぶりであった。
 
ジョルジュ・サンドとの9年間に渡る生活に終わりを告げ、
孤独と病に冒されてのコンサートであった。
しかし、会場には友人の画家ドラクロワも訪れ、
あたたかくショパンを見守っている。
300席余りのプレイエルのサロンコンサートホールは満席であった。
 
この演奏会の様子を描いたのが冒頭の文である。
平野啓一郎さんの大作『葬送』は、下巻の最初の60ページ以上をつかって、
この時のショパンの演奏を再現していて圧巻である。
リストのように、脱いだ手袋を観客の中でも一際目を引く若い女性に投げ、
すさまじい音量で有無を言わせず聴衆の心をわしづかみにしてしまう演奏とは
全く違っていた。ショパンのピアノは、むしろピアニッシモの美しさであった。
そして陰影にあふれた演奏は静かに人の心にしみ込んでいく・・・。
 
 
ショパンの生れたのは1810年3月1日。
今年はショパンの生誕200年に当たるショパンイヤーである。
10月には、5年に一度のショパンコンクールが
祖国ポーランドのワルシャワで開かれる。
 
ショパンのピアノの魅力を改めて感じさせてくれたのが、映画『戦場のピアニスト』。
ドイツ軍将校に見つかってしまったユダヤ人のシュピルマンは、
自分がピアニストであることを告げる。
彼の弾くショパンの音色に心を動かされた将校は捕まえることをためらい、
やがてひそかな友情が芽ばえていく。
この映画でショパンの遺作である夜想曲(ノクターン)第20番が演奏される。
初恋の人、グラドコフスカへの片想いの苦しさ、哀しさが
美しい旋律に表現され、胸を打つ。
 
 
1849年10月30日、パリでショパンの葬儀が行われた。
野辺送りの曲は、モーツァルトの『レクイエム』と、
ショパン自身のピアノソナタ第2番『葬送』であった。
 
 
 
 
建築家 野口政司   2010年 2月 25日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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