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里山エッセイ



8月に読む

人間50年下天の内に比ぶれば夢幻の如くなり・・・
信長が舞った幸若舞「敦盛」の一節である。
下天とは天上界、この世の50年は、天上界では一夜に過ぎない、と。
ふと耳を傾けると、テレビニュ-スが、悲惨なクラスタ-爆弾禁止に
大国のアメリカも中国もロシアも同意しないと報じている。何という!
終戦から65年、戦争は今もまだそこにある。
下天の内に・・・なんて感慨にふけっているわけにはいかない。
今年もまた暑い8月が巡ってきて、考える事多々。


徳島に住んで間もなく、友人と2人で始めた読書会がある。
メンバーは入れ替わっているが、毎月欠かさず1冊ずつ課題本を読んで
40年近く続いている。
その読書会、毎年夏には必ず戦争にちなんだ作品を読んできた。
本棚を眺めつつ記録ノ-トをたどってみて、改めて継続は力なりと感じ入っている。

一部をあげてみると、
「アメリカひじき・火垂の墓」野坂昭如、
「赤い月」なかにし礼、
「黒い雨」井伏鱒二、
「ある晴れた日に」加藤周一、
「東京セブンロ-ズ」井上ひさし、これらは小説。
「妻たちの2.26事件」澤地久枝、
「男たちの大和」「収容所から来た遺書」辺見じゅん、
「硫黄島に死す」城山三郎、
「ながい旅」大岡昇平、
「今日われ生きてあり」神坂次郎、これらはドキュメンタリ-。
「わたしが生きた「昭和」澤地久枝、
「在日」かん尚中、
「私にとっての20世紀」加藤周一、これらは自伝的作品、

どの作品からも作者が戦争をどのように見ていたのか、
いかに苦悩し、思索したのか、それが読者にしっかりと伝わってくる。
これからを生きていく人たちにぜひ伝えておきたいことがあるという
その思いをくみ取ることができる。
「漱石先生ぞな、もし」から始まった半藤一利は、
「日本のいちばん長い日」、大部の「昭和史上・下」と続いて圧巻だった。


ビキ二諸島が世界遺産になっても、
アメリカのル-ス駐日大使が広島を訪れても、
広島と長崎の悲惨な記憶は未来永劫消えない。
せめて自分にできることとして戦争の事実を直視し、
様々な記憶をたどる事のできる読書会をこの先も続けていきたい。 


里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表  八木正江
2010年8月12日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より    


夏の季節に

ノウゼンカズラが満開となり
オレンジ色の落花が真夏の到来を告げる。
雑木林の蝉時雨はクマゼミ。
ミンミン蝉はもういない。
合歓の木にツピツピツツピ-と甲高くシジュウカラ、
夕昏6時を過ぎるとカナカナカナと涼しげな声。
カナカナ蝉は秋の季語だけれど。
そういえば去年もその前の年も梅雨明けすぐから鳴いていた。
       


この夏、来る日も来る日も取りつかれたようにつぶやいているのは
「生物多様性」という言葉。
95対35この数字?
地球温暖化の知名度と生物多様性の知名度の対比だそうな。


生物多様性・・・
ほんとにそんなに難しくて、3割の人にしか知られていないのだろうか? 
先日NPO保全生物学研究会による、「食と生物多様性」という
大変楽しいシンポジウムがあったのだが、
あれを聞いたらうんうんと納得できたのに。

そこで私が学んだキ-ワ-ドは「生態系サ-ビス」。
それには4つの意味があるなんて分類はさておいて、
私たちは自然界からのサ-ビス(恩恵・利用)なしには生きていけないということ。
そしてそのサ-ビスは「ただ」ではないということ、
「生態系サ-ビスをただで享受し、その源泉となる生物多様性を破壊しても、
なんの負担もしないでいいという時代は過去のものとなった」
(井田徹治「生物多様性とは何か」)簡単明瞭。


そして、少し話は飛躍してしまうのだが、
事例として大変分りやすかったのが「かてもの」の話。
「糧物」「救荒作物」と書けば分るように、
米沢藩主上杉鷹山が飢饉に備えて
「食べて保全せよ」と進めた80種の植物(とその指導書)のこと。
アカザ、イタドリ、イヌビユ、オオバコ、ガガイモ、ガマ、カラスウリ、タンポポ、
ギンナン、クズ、スイカズラ、スベリヒュ、タネツケバナ、ツユクサ、ヒルガオ、
フジ、フキ、ノビル、マコモ、ミゾソバ、ミツバ、カンゾウ、ヨシ、ヨモギ・・・

さつまいもの茎まで食べて、戦後のひもじい時代を知っている私は
思わず「知ってる、食べたことある!」とつぶやいてしまった。
野に咲く花々は貴重な「かてもの」として植物の多様性を保っていたのだ。
外来種に負けるな、絶滅するな。
当たり前の植物が当たり前に咲き続けられるよう願わずにはいられない。


里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表  八木正江
2010年7 月28日(水) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より    


そして、吉野川YEARは

加藤登紀子さんのおめでとうコンサ-トが10月にあるって。
歌手生活45年を記念して。
暖かいピンク色のポスタ-に、
語りかけるように登紀子さんがいる。


「10年目の123」を開いてから早くも半年、
未来の吉野川を思い描いていろいろな構想を練ろうと約束したことが
こうして実現しつつある。

流域圏構想という言葉の意味を学んだ
2004 年の流域シンポジウム「森のしずく海へ」。
あの時も登紀子さんだった、C・W二コルさんと。
吉野川を元気にするために役立ててね! 
と手渡された浄財に「10年目の123」からも上乗せされて、
それが生きようとしている。
そう、吉野川流域市民基金が発足した。
長年温めてきた構想、
森のしずくのように、今はまだほんの少しの原資だけれど、
いつの日かたくさんの人たちの思いを集めて循環の基金となることを願う。


「吉野川の歴史とうまいものを探る会」もできたと新聞報道されていた。
その呼びかけ講座で聞いた八カ村堰訴訟事件の事とか
吉野川第一期改修工事の意義とか、
内容は難しかったが川と人との関わりの深さがよく伝わった。


青石基金はどうなっただろう、
御影石に名前を彫り込んで、お堰保全にと待っている御仁もいると聞く。
ポンと音を立てて早暁に花開く蓮の花のように、
ひとつずつ花開いて行く吉野川YEAR。


吉野川河口域(汽水域)をラムサ-ル条約登録湿地にしよう! という動きも始まった。
これは以前からの強い願いだった。
川が海に至り解き放たれ広がる空間をエスチュアリという。
訳せば三角江と一言だが、
豊かな生態系や稀少種の多さからしても、
広がる風景や育まれてきた文化からしても、
漁業農業ももちろん、
吉野川河口域はさまざまの恵みを生み出す貴重なエスチュアリであり、
ラムサ-ル条約湿地に登録できる条件を満たしている。

条約の目的は登録湿地を「保全すること」と「賢明に利用すること」だから、
持続可能な暮らしのためにも、
吉野川の未来のためにも大いに役に立つに違いない。


里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表  八木正江
2010年7月13日(火) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


日常と非日常

「皆さん、もしあなたが、とても理不尽な事によって、
心に深い傷を追ってしまったとして、
その傷心の度合いを数字化することができますか?

私たちは今、直面している廃棄物問題のことで、
損害賠償(慰謝料)請求裁判を起こしています。
そろそろ大詰めです。

裁判官が言いました。
「損害と言うからには何が損害なのか証明しなさい。その証拠を見せなさい。」と。
代理人の弁護士も言いました。
「慰謝料は、一般的に精神的損害の賠償請求権で、
これを原告が立証する責任がある。」と。

”公害調停制度を活用して問題を解決したいです”と
申請人になった468人という多くの人たちのハ-トをパカン!と割れというのですか、
応援してくれた人たちのハ-トもです。
割れたハ-トは語るでしょう。期待がはずれて残念だった、辛かった、悔しかった、と。


紙を何枚使いました、交通、通信費を払いました、検査に費用がかかりました。
それからそれから・・・・
それらを合計して、すべてをカンパで賄った事実に私は粛然としてしまうのですが、
精神的な損害を数字化するのは難しい。

それでも今日までの集大成をどうにか数字にできないものかと、
文殊と菩薩と観音と、憤怒の不動明王も加わって、
この暑々の真夏に頭をひねって考えました。
申請人を集めたあの夏だってひどい暑さだった、
負けてなるものかと思えば火もまた涼しとは至言です。


証拠になりそうな数々の文章や資料を積み重ねて、
費やした私たちの勢力締めていくら? と自問しました。」


以上は、ある日の正直な気持を私たちの会のブログ欄に書いたものである。

毎日のふつうの暮らしを日常とよぶならば、
市民にとって「裁判」を起こして法廷に立つなどということはまさしく非日常。
突然(といっても足かけ3年になるが)非日常の世界に
直面しようとは思いもしなかったのだが、
裁判は問題解決のために市民が活用出来るすばらしい権利でもある。

「関係ないよ」と押しやってきたこの非日常の中にこそ、
混迷を解きほぐしていくカギがあると信じて、
今日も書類の山に向き合っている。


里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表  八木正江
2010年 8月 27日(金) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


夜の両国橋

阿波踊り写真.JPG

新町川の船から見る
阿波踊りでにぎわう夜の街です。

ぞめきのリズムと人の波。
祭りの熱気に負けじと
川に架かる橋もLEDの光を放っています。
不思議な光に包まれた祭りの風景に酔いました。

4日間の祭りも終わり
街はいつもの整然さをとり戻しています。
川風が涼しくなったら
ふれあい橋の天の川を歩いてみてください。
また違ったLEDの魅力に出会えます。


吉野川をラムサールに

ラムサール写真 new.jpg
 
 
阿波踊り初日、徳島駅前に立った青い旗。
そこには、「吉野川をラムサールに」。

署名を呼びかけ、ハンドマイクを持つのは
この活動の事務局を担っているFさん。
数年前に徳島に移り住み、吉野川に魅了され
登録をめざして今この活動に全力投球です。

東京国分寺から阿波踊り観光で訪れたご家族。
「感動した。吉野川のために署名します」
家族全員が署名してくださいました。

徳島の市民活動の大先輩、SさんとYさん。
照りつける太陽と強風にも負けず
一人でも多くの人に伝えたくて
しっかりと握る、プラカードと旗。

吉野川河口域をラムサール条約湿地登録にむけた動き。
私たちも応援していきたいと思います。



神秘的な色

セミ羽化.jpg
              早朝の公園にて 「神秘色」  photo by 和田賢一
 

夏の暑さを倍増させるように響くせみの大合唱。

お盆をすぎて、
つくつくぼうしの声が聞こえるようになったら
暑さも峠を越して、少しほっとするのですが。

秋の気配が待ちどおしいです。


吉野川干潟クリーンアップ大作戦

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7月最後の日、200人もの人たちが吉野川干潟の鬼ガ州に船で渡り、
大掃除をしました。

ペットボトルや廃材、網、テレビなど様々な漂流物が点々とあり、
大半は砂に埋もれた状態のため掘り出す作業が大変でした。
流木にルイスハンミョウを発見したときは
とてもいとおしい気持ちになり
この広々とした干潟の生きものや風景を
大切にしたいと切実に思いました。

当日、吉野川河口域を“ラムサール条約湿地”に登録するための
署名用紙が参加者に配られていました。
登録されることで、豊かな自然を守っていくことができるそうです。
河口域の価値を私たち市民が共有していきながら
登録にむけた活動の輪が広がっていくことを願っています。


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