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里山エッセイ



落ち葉の季節に

はらはらと紅葉がこぼれている。
散り敷く落ち葉は色とりどりの豊穣。
コンクリ-トの道に舞い降りて
土に還らぬ落ち葉は寂しいが、
この季節に決まって思い出すのは
高村光太郎の詩
「落ち葉を浴びて立つ」


「どこかで伽羅のくゆっているやうな
日本の秋のなまめかしくも清浄な
一天晴れたお日和さまよ」

に始まる長詩は、

「棄ててかへり見ぬはよきかな、
あふれてとどめあへぬはよろしきかな」

と続き

「落ち葉よ、落ち葉よ、落ち葉よ」

と呼びかけ

「心に豊穣な麻酔を取らう。
ありあまるものの美に埋もれよう」

と結ばれる。
 

そんな落ち葉の季節に
50年ぶりの友に会った。
うら若き乙女も七十路を迎え、
あの日奈良公園に落ち葉を浴びて立ち、
また会おうね!と固く約束してから半世紀、
厳密に言えば、奇特にも毎年続けられている同級会だから
単に今まで私が出席しなかったに過ぎないのだが。


殆どが教職につき活躍した。
それぞれの人生は山あり谷あり大波ありと、
さながら小説のよう。
当時昭和30年代、
多くは地方から学を志して進学、
戦後の動乱期を経て
まだ新旧価値が入り乱れていたが、
折からの学園闘争なるものにも巻き込まれ、
世間知らずの純粋培養と冷やかされながら、
それでも真剣に議論を重ね
生きることの意義を考え続けた。


その時があって今がある、と皆が言う。
これからの世の中どのようにあって欲しいのか、
そのために老齢むち打ちできることがあるはずだ。
夜更けまで議論が続いた。
 

99対1の原則というのがある。
それだよ、世界に100人の人がいて、
世界がぜひに変わる必要があるとする。
変わって見せる一人は他人ではなく、
まず自分でなければならない、ということ。
七十路は賢くて元気と自らを褒め、
その一人になろうと誓う。
鳴門海峡の紺碧の海と、
眉山山頂からのきらめく夜景と、
藍がめの深遠な色合いとが、
集う皆にそんな素敵な思いを抱かせた。


最後はひょうたん島を廻って
川の町も垣間見て満足、
徳島に見所多々ありにも目覚めて
忘れ得ぬ落ち葉の季節となった。

里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2010-徳島代表  八木正江
2010年12月2日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より 


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