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里山エッセイ



テストテスト

sakuratyaya-gohan.jpg

本日は里山のHPの「投稿講座」でした!
関係のない画像のようですが、
講座終了後に寄った「櫻茶屋」さんの「八菜丼」の写真。
UPのテスト(練習?)のために(ふだん写真なんて撮らないのに)。


生物多様性とくしま戦略タウンミーテイング―聞かせてください、あなたの地域の環境について「森の恵みと里山のくらし今昔 in 上勝」

徳島県が策定する「生物多様性とくしま戦略」にむけてこれから、
タウンミーティングが市民、専門家、行政などの協働で行なわれます。
その1回目が8月27日に上勝で開かれました。

テーマは「森の恵みと里山のくらし」。
前半はプロジェクターを使って、
上勝を中心に森と里山の風景やくらし、恵みを紹介。
後半は、ワークショップ。
グループに分かれ、キーワードをもとに
話がはずんでいきます。

守りたいものは・・・?
棚田の風景、満天の星空、ブナの原生林、あさひ川の透き通った水、
石垣に立つ街並・・・

妨げとなっているものは・・?
高齢化、地形、シカ・・・

模造紙におさまらないくらいの数のポストイット。
上勝に住み続ける人も、移住してきた人も、上勝ヘビーユーザーも、
そして私のような数回しか訪れたことのないものも、
風景や人に心動かされ、言葉が溢れてきます。

上勝は急な山肌に人の営みが美しい風景をつくってきました。
それはまさに里山、共生の文化でした。
このような山村が星屑のように散らばっているこの風土を
とてもいとおしく思います。
でも、それが急速に失われようとしている。
私たちができることは何だろう。
その答えを導くための最初のステップが
このタウンミーティングだと思います。

上勝を含め、県内9ヵ所でこれからタウンミーティングが始まります。
ひとつひとつの町、村、そこに暮らす人と共感したい。
大切な発見がある、そんな予感がしています。

タウンミーティングの詳細は以下を検索してください。

生物多様性とくしま会議タウンミーティング
http://www.aicon-tokushima.co.jp/tm02/



田岡秀昭さんの遺志を継ぐ

7月1日、田岡秀昭さんが亡くなられ
早2月が過ぎようとしています。
毎年恒例の「吉野川源流の森ツアー」を計画する時期になり
どれほど私たちの活動が彼に支えられていたのか
あらためてあれこれ思い出していると
どうしようもない空虚感か襲ってきます。


田岡さんが1980年、高知県土佐町に製材所「森昭木材」を立ち上げた頃は
すでに日本の林業は衰退の道をたどっていました。
上流の町は人口がどんどん減り続け、
林業にとって何一ついいことはなかったこの30年間を
田岡さんはいつも前向きに
上流から下流へ、四国へ、そして日本全体へ、
林業復興を夢見て先頭を走って、走って、
走り続けた、森の伝道者でした。

木材需要が冷え込み、
集成材などの木の工業製品化が政策の中心となり、
経済の流れは製材所の大規模化と木材の低価格化の方向に向かう中、
森昭木材のような木の価値を生かす製材方法を行っている
中小規模の製材所が激減しています。

田岡さんの死後、森昭木材が、
そして田岡さんが理事長職を務められていた嶺北木材協同組合が
相次ぎ倒産の手続きに入ることになりました。

経済優先ではなく、
森に住む人が森を守ることで生計が成り立つ仕組みが
あってこその林業であるべきです。
吉野川の上流の森にとって何より必要な人を失ってしまい
本当に無念でたまりません。

7月14日の高知新聞に
「れいほくスケルトン窮地 中心企業破産へ 
地域林業への連鎖危惧」という見出しで
土佐町のことが書かれていました。

木材市場が閉鎖され嶺北木材の供給が滞っている今、
吉野川の上流の森の木が循環し続けるために、
私たちがしなければならないことはただ一つ、
吉野川上流の森の木をつかった「里山の家」や「里山のかぐ」を
つくりつづけていくための努力をすること。

供給だけでなく加工の問題など
クリアしなければいけないことはたくさんありますが、
この悲しみを乗り越えて活動を継続していくことが
彼の意志を引き継いでいくことだと私たちは思っています。


              里山の風景をつくる会 理事一同


水のある風景 ~浄土式庭園~

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『三代の栄耀(えいよう)一睡の中(うち)にして 
大門の跡は一里こなたに有。
秀衡(ひでひら)が跡は田野(でんや)に成(なり)て 
金鶏山(きんけいざん)のみ形を残す。…』。

「奥の細道」で芭蕉は平泉をこう書き出す。

先日、東北平泉の中尊寺、毛越寺等が世界文化遺産に登録された。
東北の復興に拍車がかかることを世界も望んでいるのだ。
 

今日、平泉・毛越寺の浄土式庭園に思いを起こそう。
仏教の世界観で、日本では永承7(1052)年から末法に入るとされた。
正法・像法というまだ光明のある世から、
いよいよ仏法も末の、無常観漂う末法へ、である。
都の貴顕(きけん)(身分が高い人)は
こぞって「欣求(ごんぐ)浄土」と浄土を夢み、
浄土を願う寺を建てた。
宇治平等院はさながら鳳凰が羽をひろげ、
池中より舞い上がる姿。


そして都を遠く離れた平泉にも、奥州藤原氏が栄華を築いており、
大泉が池をいう広大な苑池に毛越寺が建立されたのだった。
「池」とは人為的なもの、「湖」「沼」ではない、
人はなんと大きな池を穿ったのだろう。


此の岸から、中島を経て、反り橋と平橋で彼の岸へ渡る。
現世から来世へ。
大泉が池には、出島・一大立石立石群・州浜・遣り水など、
浄土の庭園が具現していた。
私が四十年憧れ続けた水面が広がっていた。


浄土へ…。
今年は多くの魂が渡っていった。合掌

                      
               

                河野 眞理
                日本文化遊び人
                里山の風景をつくる会理事


身近な生物多様性

今年は蝉の羽化が遅かった。
それでも猛暑に合わせて蝉時雨。
ふと気がつくともう涼しげなカナカナ蝉が、
まだ明けやらぬ早暁に、日の高い夕暮れに鳴く。
立秋が過ぎて、四季折々の生物の不思議な姿に心打たれる。


このたび県の環境審議会に知事が諮問し、
「生物多様性とくしま戦略」が2012年度内に策定されようとしている。
1年間、県に提案する市民案作りに関わった。
長くて短くて楽しくて難しくて、そんな起伏を感じながら、
環境活動を続けるNPOや専門の先生が協力してまとめた。
多様な人が関わり、多くの時間を費し、議論を有機的に組み立てていった冊子の、
質量ともの重さに襟をただす。
遍路の州(くに)徳島にふさわしいメインフレ-ズは、
「もてなし もてなされる いのちのつながり。」と決めた。


生物多様性とは、いろいろのタイプの生態系に、いろいろの種(類)があり、
それぞれ違う個性(遺伝子)を持っていることである。
それらのバランスとつながりがいのちのにぎわいとなる。


あなたの住んでいる地域にはどんな生き物がいますか、
昔と今とで変わってしまったことはありませんか、
保全や活用していくための方法を、それぞれ地域を愛する人たちから聞くために、
タウンミ-ティングが行なわれる。
8月末から10月にかけて県下くまなく回り、意見を聞き、先の案に加えて行く。


奥山・里山部会は上勝町、東祖谷町、相生町で
「森の恵みと里山のくらし今昔in上勝」「剣山・三峰の自然と恵み」のテ-マで、
「食べて、遊んで、子どもに継がせられる川・海」をうたう川・海・汽水域部会は、
牟岐町、山川町、徳島市で、また、
「まちに自然を取りもどそう。生きものたちをよびもどそう。」を呼びかけるまち、里部会
は徳島市、阿南市、美馬市で開催される。


聞かせてください、あなたが大切にしている身近な環境のことを。
タウンミ-ティングについての問い合せは
「生物多様性とくしま会議」事務局の藤永知子さん<電090-7268-9448>へ。

     
     


八木正江

里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2011-徳島代表  

2011年8月19 日(金) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より



ある晴れた日に

毎年夏には戦争に関する本を読もう、
半世紀近く続けている私たち読書会の約束事である。
加藤周一の長編小説「ある晴れた日に」。
今年はこれを読む。


「・・・・太郎は、浅間を見つめながら、
いつか頭のなかで同じことばを繰り返している自分自身に気がついた
―ある晴れた日に戦争は来り、ある晴れた日に戦争は去った。」

小説はこう結ばれ、あとがきには
「私は、この小説を戦争で傷ついた若い日本国民のすべてに捧げたいと思う・・・」
                                         (岩波現代文庫)
と書かれている。
戦争に非協力を貫く、苦悩する医学生が主人公、
1945年8月敗戦の意味を深く問う作品である。


振り返れば私は、日本が太平洋戦争へと突き進んでいく日々に幼少期を送り、
小学校に入学した夏に敗戦を迎えた。
その日をどんな思いで迎えたのか、それから価値観が転換していく中で、
どのような小学校生活があり、暮らし方があったのだろうか。
故郷の長野では直接に爆撃などの被害は受けなかったが、
戦地に行ったまま長く帰らなかった父と、
その間松山や仙台、長野を点々としながら父を待ち続けた母の苦労があり、
食うや食わずの食糧難に耐えた記憶も決して消えず、
8月には思いをはせることが多い。


本を読むことの醍醐味は、
主人公を始め、登場人物たちの生き方をたどることである。
死ぬことも、死なないことも偶然という極限の中で、極限に生きる。
戦争という最も過酷な状況の中で、
人が人として生きたいとの願いをうたいあげたこの小説は、
一篇の叙事詩のようだ。
瑞々しい感性、それは、どんな状況にあっても、決して圧殺などされはしない。
作者知の巨人は、情の巨人でもあったと思う。
この本から受け取るメッセ-ジは多い。

「平和になったのね」
「そうだ、平和はぼくらにとっては未来だ」

8月の空は今日も青く高い。
悲惨な戦争を繰り返してはならない。
決して、時代を逆戻りさせるように事があってはならない。


八木正江

里山の風景をつくる会 理事 
地球温暖化を考える-市民アクション2011-徳島代表  

2011年8月4 日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より



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