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里山エッセイ



田岡秀昭さんの遺志を継ぐ

7月1日、田岡秀昭さんが亡くなられ
早2月が過ぎようとしています。
毎年恒例の「吉野川源流の森ツアー」を計画する時期になり
どれほど私たちの活動が彼に支えられていたのか
あらためてあれこれ思い出していると
どうしようもない空虚感か襲ってきます。


田岡さんが1980年、高知県土佐町に製材所「森昭木材」を立ち上げた頃は
すでに日本の林業は衰退の道をたどっていました。
上流の町は人口がどんどん減り続け、
林業にとって何一ついいことはなかったこの30年間を
田岡さんはいつも前向きに
上流から下流へ、四国へ、そして日本全体へ、
林業復興を夢見て先頭を走って、走って、
走り続けた、森の伝道者でした。

木材需要が冷え込み、
集成材などの木の工業製品化が政策の中心となり、
経済の流れは製材所の大規模化と木材の低価格化の方向に向かう中、
森昭木材のような木の価値を生かす製材方法を行っている
中小規模の製材所が激減しています。

田岡さんの死後、森昭木材が、
そして田岡さんが理事長職を務められていた嶺北木材協同組合が
相次ぎ倒産の手続きに入ることになりました。

経済優先ではなく、
森に住む人が森を守ることで生計が成り立つ仕組みが
あってこその林業であるべきです。
吉野川の上流の森にとって何より必要な人を失ってしまい
本当に無念でたまりません。

7月14日の高知新聞に
「れいほくスケルトン窮地 中心企業破産へ 
地域林業への連鎖危惧」という見出しで
土佐町のことが書かれていました。

木材市場が閉鎖され嶺北木材の供給が滞っている今、
吉野川の上流の森の木が循環し続けるために、
私たちがしなければならないことはただ一つ、
吉野川上流の森の木をつかった「里山の家」や「里山のかぐ」を
つくりつづけていくための努力をすること。

供給だけでなく加工の問題など
クリアしなければいけないことはたくさんありますが、
この悲しみを乗り越えて活動を継続していくことが
彼の意志を引き継いでいくことだと私たちは思っています。


              里山の風景をつくる会 理事一同


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