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里山エッセイ



故郷の言葉に

朽葉色の秋が足早に忍び寄る10月、
キンモクセイが香り
ピラカンサスの実が薄紅に色づく。


この半年の間、NHKの連続テレビ小説「おひさま」を見ながら、
懐かしい故郷を楽しんだ。
定年で長野に帰る約束もいつしかほごとなり、
今や故郷は遠きにありて思うものになっている。


言葉の一つ一つが懐かしかった。
長野県は南北に長く、
ドラマの舞台、松本や安曇野は中信、
私は北信育ち。
微妙に言い回しが違うが、
ああ信州の言葉だとうなづけた。


友人に聞かれた。
「ほんとに」ではなく「ふんとに」と言うのかと。
ふんとにそう言う。
ほとふの区別がつかない微妙な言い回し、
家人で話し合って試した。
「たまげる、してくれや、どうしただい、おっかねぇ、
いっといで、おけぇり、うんまい・・・・」。
「おいでなさんし」の
優しい言い回しは中信のものなのだろう、
北信では「おいでなして」と言う。


信州の峰を連ねる山々も実りの里も、
ススキの原もせせらぐ小川も懐かしく、
広かる風景に癒された。
こぼれるばかりのソバ畑の白い花は、
過ぎし昔の遠足の記憶につながる。
北信五山の飯綱山や
戸隠高原に遊んだ日の記憶にも。
善光寺平の向こう、
菅平の長いスロ-プを染めた
真っ赤なあかね色の夕焼け空も思い出す。


人の感性はどのようにして育まれるのだろうか。
私が今あるのは、しっかりと故郷があるから。
私の人間形成の深層には
内なる故郷があることをしみじみと思う。


翻って、徳島に生まれ育ち、
徳島を離れた子どもたちは、
ここ故郷にどんな思いを寄せているのだろうか。
満開のレンゲ畑を走り、さわがにを捕り、
ミカン山を探検した。
その頃は、川も田畠も豊な緑と
すがすがしい水に包まれていて幸せであった。
しかし今、子どもたちにとって
かけがえのない自然が失われ、
故郷が遠くなっている。


啄木の詩

   故郷の山に向かひて言ふことなし 
   故郷の山はありがたきかな


すべての人の願いである。
 
 

 

  

       八木正江

                        里山の風景をつくる会 理事 
       地球温暖化を考える-市民アクション2011-徳島代表  

        2011年10月6日(木) 徳島新聞夕刊 「ぞめき」より


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